Time is Priceless

時は金では買えません

【北斗の拳】第15巻 ラオウとの最後の戦いへ


第1話 魔王への犠牲! の巻

ユリアに情(なさけ)をかけられて屈辱を感じたラオウが決心したことは…

「このラオウ もはや拳王の名はいらぬ!! 魔王となりてケンシロウを血の海に砕き沈めてやるわ!!」

…って、痴話喧嘩における典型的な逆恨みだろう、これは。
好きになった人が好きな相手を憎むとは…。

まったくようわからん人間関係だな。

「このラオウ もはや拳王の名はいらぬ!!」って言っちゃだめだろ。
これを言ってしまったら、この喧嘩に崇高な理念などなくなる。
単なる「女をめぐる決闘」だ。
ラオウの思考は、シンよりひどいな。

戦い終わって「悔いなし」とか言ってるけど、天をとるとか言っていた人間が単に一人の女をめぐる果たしあいで負けて倒れるのに本当に悔いはなかったのだろうか。
戦っているときは勢いだっただろうが、もし命ながらえていたら、「馬鹿なことをしたものだ」と思うに違いない。

第2話 鬼神となりて! の巻

リュウケンの胆力

鬼のフドウがリュウケンの下に道場破りに来る。
北斗神拳に道場?…有り得んのじゃないの?

しかも、フドウの勢いにラオウも手が出せない。
それは別にかまわない。
ラオウもそのときは未だ修行の身だから、自分より強い者に挑む愚を犯さなかったその自制心はさすがラオウといえる。
しかし、その師リュウケンがラオウにこんなことを言う。
「ラオウよ動けぬか…」
「フ…鬼には勝てぬか」
これを聞いて若かりしラオウは引きつって冷や汗を流す。

しかしね、ラオウ。
良く考えてみなよ。
えらそうなこと言ってるリュウケンも動いてないじゃん。
そもそも自分の道場が破られて食料と金を奪われているのに、黙って座っている道場主が、弟子にいうセリフじゃないだろう。

しかし、こういう老練な狡猾さが必要なんだろうな。
勝つには強いだけじゃだめでずるさもいるということだろう。

南斗最後の将の秘密を五車星はいつ知るのか?

ここで衝撃の事実が…。
幼少時のユリアに出会って母をみたフドウはほどなく南斗最後の将に仕える五車星の男として生きることを誓う。
…ということは、この段階でフドウは南斗最後の将がユリアであると知っていたことになる。

う~ん、知らぬは北斗のみであるってわけか。
…と、思ったけど、ジュウザも知らなかったな、五車星なのに…。

どういうことなんだろ。南斗最後の将の秘密を明かされる基準ってどういうところにあるのだろう。

そもそも、五車星は、広く世の中からスカウトされているみたいだが、この制度の意味するところは何なのだろう。

第4話 栄光ある敗者! の巻

ジャドウは邪道キャラ

目をやられているケンシロウに対し、特徴あるバイクに乗った拳王軍団のジャドウが登場。
自らの名を名乗って登場するからにはさぞ強い敵だろうと思いきや…
顔面パンチ一撃でおしまい。

彼のセリフは次の2つのみ。
「おれは拳王軍団のジャドウ!ケンシロウおまえの首もらいうける!!」
「はかばが」(一撃を食らった後のセリフ)
これって、わざわざ名前をつけてやる必要ないじゃん。
ただ、キャラ上は面白いものを持っており、これで終わるのは非常に残念である。

ちょっと気になるのは、ヘルメットのおでこあたりから小型の飛び出し槍が出てくることである。
その槍はおでこ部分に格納されているということの意味を考えねばならない。
つまり…ジャドウに脳はあるのか?
槍はどう考えても脳内に格納されていることになる。
どう考えてもおかしい。

これに対して考えられるのは…「ジャドウ=ロボット」説である。
北斗の拳で唯一出てくるロボットならまあ名前がついていても良いか。

…と、思えるが、
しかし、さすがに北斗の拳でロボットはないだろうということで別な考察を。

ケンシロウにやられて割れたヘルメットからのぞくジャドウの素顔はヘルメットの大きさ対比かなり小さいが、それは人間のものと認められる。
そしてその大きさはケンシロウと同程度に見える。
これならば、実際の頭の大きさ対比大きすぎるヘルメットに槍を仕込むことは可能である。

しかし、でかいのは顔だけじゃなかった。
ケンシロウの体とジャドウの体を比べると圧倒的にジャドウの方がでかい。2倍近い身長差だ。
ジャドウの肉体はヘルメットの大きさにちゃんと対応している。
つまり、ジャドウには本当の頭対比でかすぎる体がついているのだ。

これをどう解釈するか。

まず、大きすぎるヘルメット。
これは槍を隠していることに合理的理由を与える。
ヘルメット内に槍を隠すのだからでかいヘルメットになるだろう。

しかし、これではヘルメットにつりあう大きすぎる肉体の理由がつかない。

そこで考えつくのが…
ジャドウ=モビルスーツ説。

ね、これなら説明つくでしょ。
ジャドウはザクだったのです。
う~ん、すばらしい発想である。

まあ、こうやって文字で描くと「はあ?」とかお思いでしょうが、実際にマンガを見てほしい。
モビルスーツだと思って見るとそう見えるはずです。

ガンダムへのオマージュであれば名前をつけてもらえるのも納得。
ラオウ後ではあるが、「ザク」という名前の都市も出てくるし。
ガンダムへのオマージュ説は的外れではないと思う。

とはいえ、私はガンダムを良く知らないので…。

ジャドウのセリフ

拳王軍団のジャドウ。
彼の2つしかないセリフの意味は何だろう。
「おれは拳王軍団のジャドウ!ケンシロウおまえの首もらいうける!!」
「はかばが」(一撃を食らった後のセリフ)

例によって断末魔の叫びは意味不明…
…でもないか。
「墓場が」と言ってるのか。

「おれは拳王軍団のジャドウ!ケンシロウおまえの首もらいうける!!墓場が待っているぜ」と言おうとしたんだろうな。
しかし、言い切らぬうちに倒されちゃったジャドウ。

ジャドウという名前まで付けてもらっているのに、セリフを言い終らぬうちに倒されてしまうなんて…。
キャラ的にはハートクラスには行けそうだと思うのに…。
威圧感的にはハートを凌駕しているぞ…主観的感想だけど。

何がジャドウの晴れ舞台をこんなに短くしたのだろうか。

わからない。

第6話 心を血に染めて! の巻

ユリアが恐るべき発言をする。
「五車の星を失った天も悲しんでいる」

ちょっと待てよ。
いいか、ユリア、お前がしっかりしていれば五車星も死なずに済んだんだよ。

その方法は次の通りだ。
まず、ヒューイ、シュレン、フドウの軍でケンシロウの居場所を突き止める。そして、ケンシロウを見つけたら、すぐにバイクに乗せてユリアの城に連れていく。
これだけだろすべきことは。
それならば五車星のだれも死ななかっただろう。

五車星の動きはまったくわからん。その行動に合理性というものが感じられない。
それぞれに軍が編成され各軍内の統率は取れているようだが、各軍間の連携というか五車星それぞれの連携がまったく取れていない。
彼等の統制をとるのはやはりユリアの責任である。

つまり、「五車の星を失った天も悲しんでいる」と他人事のように言うなということだ。
お前のミスでどれだけの血が流れたと思っているんだ。

何でこんな人間が「慈母星」なんだろう。
南斗でいう慈母ってどういう意味なんだろう。

第7話 あえて愛を絶つ! の巻

「ユリアを失って初めて愛を知ることができるはずなので命をくれ」というラオウのアホ話にのって、命をくれてやると言うユリア。
ちょっと待てよ、あれほどまでに五車星が守ったおまえの命だぞ。
そんな簡単に捨てるなど何考えてるんだ。

しかも、おまけがある。
ユリアは殺されるにあたっても要らぬことをしたりへらず口をたたく。

まず、これから殺されるというのにラオウの傷の手当てなんかしている。
そして、まさに殺される時には「わたしにみつめられていては突きにくいでしょう」といってラオウに背を向け、だめ押しに「わたしも天に帰りましょう」なんて言う。

これら言動は全てラオウの最も嫌う「女に情をかけられる」ではないか。

ユリア、さすがラオウに「喰えぬ男よ」と言われたジュウザの妹だ。

ラオウをいらつかせることにかけては天下一品。

第8話 宿命の岐路! の巻

宴のあと

拳王の部下達が武器を焼いている。
リハクはこれを評して次のように言う。

「愛する者を涙してまでその手にかけた…ラオウ…」「それを見て みな戦いの無残さを知ったのだ…そして愛の強さを!」「そして彼等はその無惨な戦いより肉親の愛を選んだ」

このリハクの分析は間違っている。
ラオウは第13巻でシュレンと対峙した際に次のように言っている。
「ならば試してみるがいい!!」「恐怖に縛られた部下どもの力をな!!」「きさまは知らぬ 背に恐怖を背負った人間の力をな!!」「ひくことはできぬ この男どもの後ろにあるのはこの拳王による 確実なる死!!」
これらのセリフからわかることは、ラオウが拳王として天を握ろうとしている時には兵の統率を恐怖を用いてとっていた。
しかし、今、ラオウは「もう天などどうでもよい!」という状態だ。もはやラオウには兵の統率をとる気はない。そうなれば、統制は崩れる。
ここで描かれている元ラオウの兵が妻子と涙を流しながら抱き合っている。
それは、ラオウによる恐怖の拘束がなくなって、自分の意思で家族に会うことができるようになったからだ。
これが現実だ。

しかし、このときまで生きていられたラオウの兵は幸せだ。
多くの兵士がケンシロウやトキなどに「ラオウ軍の兵だから」という理由で、倒されてこの幸せな時代まで生き延びられなかった。

生き残って家族と抱擁する兵と、ケンシロウ達に倒された兵に違いがあるだろうか。

倒された兵のほうは悪で生き残ったのが善だということはないだろう。
「ひくことはできぬ この男どもの後ろにあるのはこの拳王による 確実なる死!!」である兵に善悪の別は無い。ラオウに指示されたらやるしかないのだ。
ましてや、生き残った兵の方がずる賢かったため尖兵となることを回避でき、倒された兵の方が、命令に従順だったためケンシロウに挑むことになった可能性もあるくらいだ。

これまで、ケンシロウはこれら兵士に対して圧倒的に拳の能力に差があるのだから、たとえ兵がケンシロウを倒そうと向かってきてもよけるだけで十分であり、倒す必要はないと言ってきたが、その根拠がこの家族抱擁シーンにある。
家族のために仕方なく兵となっていた者が何人いたのだろうか、そしてその内何人がケンシロウ達に倒されたのだろうか。

ケンシロウ、ラオウの対決に涙するのも良いが、多くの民の幸不幸にも目を向けるべきである。

兄弟喧嘩に一般市民が巻き込まれたのだからたまったものではない。

ラオウのブーメラン

幼少時代のラオウとケンシロウ。
リュウケンの言った禁を破って、ラオウは幼いケンシロウに対し拳法を使う。
なぜ禁を破ったという問いに対してラオウがニヤとして言うには、
「才なき者はいずれ拳を奪われここより 追放されましょう」「ならば今のうちに引導を渡したほうがこやつのため ケンシロウに才はありませぬ」
だそうだ。

この論理展開の身勝手さは、ジャギと変わらんぞ。しかも最終的に伝承者になれなかったわけだから、ラオウの発言は完全にブーメランじゃないか。

この幼少時のエピソード、さらにおかしなことが…。

やはり幼いユリアが登場してうにゃうにゃ話が進み、リュウケンがつぶやく。
「北斗の宿命を持つ男 ラオウ ケンシロウ」「だが北斗ふたりに南斗ひとり…」「いつの日か天を二分して」
って、待ってくれ。
トキ、ジャギ、加えてこのころには未だいたであろうキムの3人を無視するなよ。
確かに最後まで残ったのはラオウとケンシロウの2人だが、この幼少時は5人とも伝承者候補としていただろう。道場なんて開いていたから伝承者候補は本当はもっといたかもしれないくらいだ。
だから、いつか天を二分してなんておかしい。

もしこれが本心なら、とんでもないことだぞ。
5人で競わせているように見せて、実は2人が本命でその他3人は当て馬、もしくは予備の予備ということが幼少時に決まっているということになる。
とんでもない世界だな、北斗神拳。