桂コーチの断酒に対するひろみの二重の誤り
1つ目の誤り
宗方コーチの跡を継いだ桂コーチのミッションについて、ひろみは17ページで、
はずかしいです
わたしはもう立ち直ったつもりでいたんです
でもコーチの目から見ればまだまだ安心してお酒などお飲みになれないのは当然ですよねわたし…がんばります!
と、ぐっと両手のこぶしを握りしめて言っている。桂コーチが断酒していることはひろみは知っている。しかし、なぜ断酒しているかは知らされていない。このセリフでは、岡は、"立ち直ること"が桂コーチのミッションだと考えていることが分かる。確かに宗方コーチの死を知る前は、アメリカ遠征で世界の同世代のプレイヤーと戦い銀メダルを得ている。そこまで行けば大したものである。その後の凋落を考えれば、桂コーチが引き継ぐ以前の状態に戻すことがミッションであってもおかしくはない。しかし、宗方コーチの夢は、同世代の上位になるというようなものではない。その時代の世界のトップをにらんでいた。結果までも求めていたのだ。これを桂コーチは引き継いだので、宗方コーチの死から精神的に立ち直っただけでは、お酒は飲めないのである。しかし、ひろみの「安心してお酒などお飲みになれないのは当然ですよね」「わたし…がんばります!」というセリフからは、この明確な目標には気づいていないようである。ひろみは、未だテニスを通じて精神的に強くなることを重視しているように見える。
2つ目の誤り(キング夫人とクリス・エバートを見上げていること)
ひろみが、自分がまだまだであると悟るシーンは、藤堂たちと女子テニス最高峰の2人、キング夫人とクリス・エバートの試合を観客席で観戦ている時であった。この2人と互角に戦うことが、宗方コーチが目指し、桂コーチが引き継いだ目標であるが、ひろみはこれには気づいていないようだ。キング夫人とエバートの試合観戦中も、ひろみは、エバートのトスの修正能力や、キング夫人の精神力の強さについて考えており、自分がその中に入って戦うこと、つまり彼女たちをライバルとして見ることをしていない。あくまで自分より上の人たちという位置付けで視線を向けている。これは、1つ目の結果を求めることと似ている。しかし1つ目は、立ち直ることにひろみの主眼が置かれていた。一方で、2つ目の方は、立ち直るか否かの話ではなく、テニスにおける心構えの話である。エバートやキング夫人をライバルとして考えていないこと自体がダメなのである。これでは桂コーチはお酒は飲めない。桂コーチは、それにつき語らないので、ひろみは自分で何が足りないかを探さねばならないのである…が、桂コーチは大きなヒントをひろみに与える。それが、ひろみに対し、神谷にテニスを教えろと命じたことだ。
遂に宗方コーチを越えていく段階に!
ひろみは、宗方コーチのそっくりさん神谷に「宗方仁からおそわったものをぜんぶこの神谷に渡してやんなさい」と桂コーチに言われる。このは象徴的である。「エースをねらえ!」全18巻の中で、宗方コーチが「岡 エースをねらえ!」と書いて絶筆となったシーンに次ぐ重要なシーンである。なぜならば、宗方コーチから教わった全てを宗方コーチ(のレプリカモデルである神谷)に全て返せと言っているのだから。つまり、宗方コーチの教えを、1つ1つ全てひろみ自身で確認・整理し、その上で宗方コーチを越えて先に行けと言っているのだ。遂にテニスの境地という意味で、宗方コーチを越える時が来たのだ。いや、宗方コーチを必要としない岡ひろみというテニスプレイヤーが誕生する時が近づいて来たと言うべきか。
梅と桜と5人の父親
この第15巻では、宗方コーチが桂コーチとともに甲州路で必死に探したというエピソードで梅が、レイノルズコーチが20年前に竜崎理事に招かれて初めて日本に来た時、心から日本を愛するようになったというエピソードで桜が出てくる。ひろみのテニス人生で影響を与えた3人のコーチが、日本的な花を使って説明される。梅と桜と異なるが、この2つの花はひろみを指すのであろう。
宗方コーチが必死に探してようやく手に入れ、桂コーチと育てた梅は、岡ひろみなのことである。
また、レイノルズコーチが、竜崎理事に見せられて心から愛するようになってしまったというのも、岡ひろみのことである。
そして、この桜のエピソードでは、レイノルズコーチに苗を贈るということで、岡造園事務所つまり、ひろみの父の名が登場する。この桜の苗を贈るという行為も、ひろみの父が、レイノルズコーチにひろみを託すということを象徴している。
遂に開花する時を迎えたひろみ
宗方コーチ、桂コーチ、レイノルズコーチというひろみのテニスの父と実の父が、梅と桜のエピソードで出てくる。これは、岡ひろみというテニスプレイヤーが、遂に開花する時を迎えたということである。宗方コーチの面影がある神谷に教えることで宗方コーチ越えを開始するエピソードと、この梅と桜のエピソードで、「エースをねらえ!」が、最終章に入っていく。
ひろみのナイーブさは健在
ダブルスでクリス・エバートの組を破り、キング夫人の組に負け準優勝となったひろみだが、154ページで、お蝶夫人・蘭子組との対戦について、東堂に、
どうしても勝てないんです(略)
強いんですよねーほんとベテランはこわいです
なんて言っている。なんだかね。藤堂も微笑みと真顔の間みたいな顔で聞いている。そうするしかないから。お蝶夫人と蘭子がひろみの応援団だからまだ良いが、お蝶夫人と蘭子がひろみのライバルであったなら、こんなふざけたセリフはない。世界の最高峰で戦い成果まで出したひろみに、叶わないと言われてもね。しかも自分より一回り以上年上のキング夫人と戦いっているのに、単に学年が1つ上なだけのお蝶夫人と蘭子をベテラン呼ばわり。こういうの、言う人次第ではかなりの嫌味である。しかし岡は純粋な気持ちでこれを言っている。このナイーブさはひろみの魅力ではあるが、今回ばかりは度を越している。
結局、酒を飲まず
この第15巻ラストに桂コーチが盃を取るシーンがある。遂に飲むのか…となる。桂コーチが盃に口をつけるのもひろみは確認する…しかし、そこに注がれていたのは、水だったと言うところで、おしまい。次回に続く。いやあ、演出すごい。