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時はお金で買えません

【エースをねらえ!】描かれる女性像


「エースをねらえ!」で描かれる女性像を、特にひろみに着目して考えてみる。ただし、少し身に余る内容なので、現時点では内容掘り下げは、全く不完全です。

ひろみの行動パターン

結局、ひろみはずっと宗方コーチ、桂コーチ、藤堂の言うがままに行動しており、練習において自主性が見られない。コーチを信じてついて行くと、ひろみの独白で何度も強調される。
これは、行為の内容こそ違えど、ひろみの母の挙げた短大を出て料理を習って結婚せよというおそらく当時のある程度の家庭の女子の典型的パターンと、1人の男に何も言わずについて行くという発想の根幹は変わらない。

ひろみの基本思考(マンガ中の必勝パターン)

基本的に常に上位の男に何の疑問も持たずについて行くパターン。これで常に幸運を得続けている。これは古い考えをスポーツに置き換えているだけで、男性上位の価値観から抜け出せていない。ただし、「エースをねらえ!」では、ラストにおいて、藤堂・尾崎越え、お蝶夫人・蘭子越えを明示的に達成し、おそらくウインブルドン行きを決めた段階で、桂コーチ越えもなしたということではないだろうか。これにより、初めてひろみは自分の足で立ったことになる。そしてこれが文字通りひろみの自立であり、物語のゴールになるのである。

ひろみの母の挙げたパターン

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第12巻85ページ。

短大を出て料理を習って結婚するパターンは、男性に言われた通り従うという点で、男性コーチに盲目的に従うことと思考的に変わらない。

先輩後輩の男女差

少女マンガだからというのもあるかもしれないが、名前があり登場シーンの多い先輩後輩は男の方が多い。先輩の場合、男は、藤堂・尾崎、そしてなぜかテニス場でもない千葉の3人。女はお蝶夫人と蘭子の2人のみ。まあ、音葉さんやキャプテンと呼ばれる人もいるが、ごく初期にしか出ておらず、先に挙げた者たちとは異なるとして良い。後輩は、男は香月と神谷で、女は英さんのみ。意図的ではないだろうが、このような差が生まれているのは、興味深い…あ、尾崎の妹がいたわ。後輩は男女同数か。

常に男が上なわけではない

母は対等(に近いだけ?)

宗方コーチの死のショックで立ち直れないひろみに再度テニスをさせるか否かについて、ひろみの母は、反対する。アメリカでの華々しい活躍という結果を残していても、「短大でも出でてお料理でも習って幸せに結婚できればいい」と言う。再度テニスをすることに肯定的なひろみの父に、「わたしは反対です!!」と、正面から反論する。しかし、ひろみの父が桂コーチに、「わかりました 家内を説得して手配いたしますからよろしくおねがいいたします」と言っており、描写はないが、結局、ひろみの母は、説得され、ひろみはテニスを続けることになる。ひろみが寺での修行を開始すると、そっと着替えを持ってきていた。結局、対等でないのかもしれない。

例外メンバーお蝶夫人

お蝶夫人の場合は、やはり別扱いである。尾崎との関係において、常に上にいたまま、最後の最後に禅問答のような形で、尾崎のところに降りてくる。これは「エースをねらえ!」の世界観の中での例外である。

同級生の関係

ひろみの後輩に当たる英さん(女)と香月(男)は、対等である。ひろみの同級生男子が登場しないので不明だが、1つ上の藤堂、お蝶夫人の関係を見ても、基本的には同級生は対等である。そこに男女の差は見られない。

結論

ひろみは、短大・お料理の勉強というおそらく当時の典型的な花嫁修行コースから大きく逸脱した10代後半を過ごしているが、男に尽くすという根幹の発想は同じであり、結果的に、物語中のほとんどは、その枠の中で動いている。ただし、最終段階では、登場する全ての男をテニスという枠の中では越えてしまっており、将来夫となるであろう藤堂は、完全にひろみに尽くす行動をとる。ここに「エースをねらえ!」の世界では、女が男と同じもしくは越えた場所に来ることができた。とにかく、物語が終わるまでに女子の男子越えを描いたということは、このマンガを評価する際のポイントになる。