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【エースをねらえ!】音羽さんとは誰なのか


「エースをねらえ!」においては、岡ひろみに関わる同世代のテニス人は、全て自らの能力の限界を、ひろみにより知らされる。例外なく全てのテニスプレーヤーがひろみを超えられないことを悟る。これは、お蝶夫人も藤堂も例外なく、というか、お蝶夫人と藤堂が能力の限界を悟ることが一番丁寧に描かれている。破れて嘆き苦しむのではない。ひろみより劣ると悟るのである。これはかなり残酷なこと。「エースをねらえ!」は、このような、1人の天才の周りに、たまたまいたために、そうでなければ気づかなかったかもしれない自らの限界を知らされる物語なのである。では、その影響を一番最初に受けたのは誰であろうか。それが音羽さんなのである。

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【図1】まともに描かれた最初の音羽さん。

お蝶夫人とはまた違うタイプの可愛い系要素もある美人である。このカットだけでアートである。タッチも美しく髪は縦線でありながら手書きによる立体感があり、瞳の繊細な線が魅力的である。ウォーホルはなぜこれをモチーフとしなかったのだろうと言いたくなるほど美しい。これが音羽さん。左目の泣きぼくろがまた美しい。ごく初期で登場しなくなるキャラクターに泣きぼくろまで設定するところが素晴らしい(第1巻21ページ)

音羽さん

天才岡ひろみに最初に影響を受けたのは、既に述べ尽くした音羽さんである。音羽さんの悲劇は単純ではなく、複数の要因が重なってできた不幸である。

音羽さんの不幸

ひろみが西校に入学したこと

これが一番大きい。これがなければ、宗方コーチも西校には来なかったわけだし。そもそもひろみは受験時にはテニス部に入ろうという意思があったわけではないようだし。

お蝶夫人がひろみに目をかけたこと

これも偶発的なことであるが、音羽さんには不幸であった。お蝶夫人がひろみをテニスの世界に呼び込まなければ、そもそも問題なかったのである。

宗方コーチがなぜかひろみを見つけ出したこと

これもなぁ、どこを見たのか分からないけれど、西校テニス部の中では、そもそも試合形式の練習さえまともにやらせてもらえなかったであろうひろみを、全国にあまたいるテニス選手のなかから見つけてしまった宗方コーチの不思議な能力。これも音羽さんに味方しなかった。

なまじ実力があったこと

これが唯一音羽さんが原因となる不幸である。音羽さんは、ひろみの抜擢がなければ、順当に選手に選ばれる実力がある。これが全然選ばれないような才能しかなければ、実力があるとも思えない後輩にあっさり抜かれるという悩みは持たなかった。もしくは、当落線上に並ぶプレイヤーが他に何人もいたのであれば、これもまたダメージは小さかったと思われる。ひろみがいなければ、誰も否定することのない選手として選ばれる実力を持っていた…これが音羽さんの最大の不幸にして自らが原因となる不幸なのである。自らが原因といえど、単にテニスを頑張っていただけなのであるが。

なりを潜める音羽さん

ひろみの活躍とともに、音羽さんはなりをひそめてしまう。抜擢選手に対し、その影響を受ける側の痛みを表現するキャラクターであり、少なくとも漫画においては、高校生らしい感情で動いているキャラクターであった。全く描かれないが、その後も自らの折り合いをつけながら、テニス部で励んでいたのだろう。実力の世界とはいえ、実力が自明でないひろみの抜擢で割りを食った感は音羽さんにはある。宗方コーチの基本的に説明しない指導スタンスは、このような場合には適切ではないし、プロの世界ならばともかく、これは部活なので、音羽さんのみでなくひろみにとっても後味悪い流れになっているのは、宗方コーチに責任がある。

音羽さんが唯一恵まれていたこと

そんな不幸キャラの音羽さんであるが、唯一他のモブキャラ、いや、メインキャラ以上に恵まれていたことがある。
それは、他のキャラが及びもしない美しさである。これは美しキャラ設定のお蝶夫人さえ越えるものである。なんとっても泣きぼくろまであるから。音羽さんは、まじめで努力家で、言う時には言える女性である。ひろみの犠牲者第一号としての役割と引き換えに、音羽さんは、良い性格と、それを漫画的に表すために、モブキャラを越えた美貌を手に入れたのである。
音羽さんの未来に幸あれ!…って、音羽さんはもう還暦なのか。性格も外見も美しい幸せなおばあちゃんになっていることを確信する。