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【エースをねらえ!】ストーリー上の主人公は誰か


「エースをねらえ!」は、単純化すれば1人の女性の成功譚となる。主人公はこの場合、岡ひろみである。この場合というより、「エースをねらえ!」の主人公は岡ひろみに決まっている。しかし、岡ひろみの成功過程を見ると、それよりも別な側面が目につく。

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多くの人を踏み台にして成長するテニスモンスター岡ひろみ。お蝶夫人に憧れお蝶夫人と一緒にいるためにテニスを始め、宗方コーチに見出されたところまでは偶然の仕業であるが、それ以降は必然が重なっていき、その成長は、誰にも止められなくなった。そして、その後ろには無数の夢破れたり、途中で夢を変更した者たちが横たわっている。岡の歩んだ跡は、死屍累々である。

1人の女を成功させる1人の男の話

宗方コーチ視点で見ると、これは男の執念、というよりも結局本人も自覚するように男の愛により、1人の女を成功させようとする話である。しかも、話の半分でその男宗方コーチ自身は退場してしまい、ひろみは宗方コーチへの想いを持ち続けることで、後の半分を成長していくというかなり強引な展開となっている。ひろみの方も、最初は愚痴ってばかりだったが、テニスの魅力に取り憑かれてからは、自らの全てをかけて宗方コーチについていく。

恋人の存在

しかし岡には、宗方コーチとは別に、いわゆる恋人がちゃんといて、そのことを宗方コーチは基本的には認めているという点が「エースをねらえ!」の素晴らしさである。物語中にも、自分の果たせなかった成功をひろみに託したということが語られるが、これは結局は、親子関係、師弟関係、と捉えることができる。つまり、宗方コーチがひろみを愛していると言うのは、父親として子供に夢を託す、もしくは師匠として弟子に夢を託すということなのである。宗方コーチは、岡という夢を託す相手を選ぶことができるが、岡にしてみれば、コーチを選べなかったという点が、宗方コーチからの一方的な思いの方が勝るので、それを男の愛と呼ぶことができるであろう。

1人の女を成功させる多くの男の話

岡ひろみの周りには無償で助けようとする人間が、宗方コーチ以外にも、多く現れる。藤堂はもちろん、桂コーチ、千葉ちゃん、竜崎理事長、エディ、レイノルズコーチも全てひろみのために奔走している(エディは途中から二重スパイみたいになっているけれど)。本当に多くの男がひろみに関わっている。そして、それらの男の想いを全て背負って、なおかつ結果を出し続けているのが、ひろみである。そんな多くの男の思いを背負った上で結果を出し続ける岡ひろみという女性は化け物である。まあ、漫画だからということもできるが、岡ひろみが成長していく様は、結構自然に描かれており、違和感を覚えるような強引な展開ではなく、丁寧に描かれていると言える。

お蝶夫人の挫折譚

お蝶夫人視点で見ると、これは1人の大天才の登場により、1人の秀才が挫折する話と取ることができる。ただし、挫折というより、秀才が大天才のために、自らの折り合いをつけて生きて行く人生を見つけていく話と言った方が適切かもしれない。ひろみは大天才ゆえに、もう1人の天才である宗方コーチに見出されるまで、誰にも理解されていなかった。というより、入部早々、かつテニスの高校デビュー組なのにひろみを見出した宗方コーチが異常なほど見抜く力があっただけである。しかし、自らに憧れてテニスを始めたひろみに追いかけられ、抜かれることを高校で出会ってから大学までのほんの数年で味わわせられることになるとは思ってもみなかっただろう。二十歳そこそこでのこの人生体験はお蝶夫人という仮面を付けていなければ受け止められなかったのではないだろうか。

無数の挫折譚

実は「エースをねらえ!」で最も描きたかったのは、これではなかったかと思うのが、1人の大天才が身近にいたために無数の少女の夢がズタズタに絶たれていくというストーリー。物語中でも語られるが、岡ひろみは多くのテニス少女の努力を踏みにじり、夢を打ち砕いてのし上がっていく。しかもあらゆる場面で他の選手たち対比過剰に優遇されて。第4巻のタイトルに至っては「例外メンバー岡ひろみ」などと、特別視がタイトルにまで表れている。この流れで、最初は音羽さんが苦しむ。しかしこれはまだ幸せだったのかもしれない。後々、世界のトッププロと死闘を繰り広げるテニス選手が、名門とはいえ高校の部活に紛れ込んでいなのは不幸である。それだけで岡ひろみ在籍中のテニス部の試合に出る枠が1つ確実になくなる。最終的には既に挙げたお蝶夫人が自らの感情に折り合いをつけて自らひろみの踏み台になるまでしている。藤堂はかなり早い段階から次の世代の踏み台になることを語っていたが、お蝶夫人はひろみの才能は理解しながらも、自らは追いつかれないように努力していた可能性が高い。そのような描写はラスト以外に見られないけれど。それでも最後は踏み台になることを受け入れる。ひろみにより夢を砕かれる最初が音羽さんで最後がお蝶夫人と、共に西校の1つ上の先輩であることがまた象徴的である。1人は部活レベルで早々に打ちのめされ、もう1人は世界へ羽ばたこうとした際に蹴落とされる。状況は全く異なるように描いている点がポイントであるが、結局のところ、高校の後輩にポジションを奪われたという点で同じであり、その最初が音葉さんで、最後がお蝶夫人だったということ。そしてその間には多くの選手が倒れている。「エースをねらえ!」は、大天才が多くの人の夢と努力を打ち砕いて進んでいくドラマなのである。