Golden Time

時はお金で買えません

【秒速5センチメートル】洗面所の鏡で自分を見つめること


「桜花抄」にて、貴樹が新宿駅トイレで、「第二話 コスモナウト」で花苗が告白を決意し学校のトイレで、ともに鏡に映る自分の姿に意を決するシーンがある。これについて考える。

新宿駅トイレ

新宿駅に一人で来たのは初めてで
これから乗る路線も
僕には全て初めてだった

というセリフの後、手洗いの手のアップ。次に鏡に向かう貴樹の背中からの構図で、正面に鏡に写る貴樹の表情が見える。最初俯いているが、息を吐くと同時に顔を上げ、少し決意したような表情に変わり、鏡に写る自分をしっかり見つめる。そして次のセリフが入る。

ドキドキしていた
これから僕は
明里に会うんだ

学校のトイレ

今日こそ遠野くんに告白するんだ

というセリフの後、蛇口から流れる水のアップ。蛇口を閉める画はないが、閉める音と水の流れが止まる描写はある。次に鏡に向かう花苗の背中からの構図で、正面に鏡に写る花苗の表情が見える。口にハンカチをくわえている。最初俯いているが、決意したような表情のまま顔を上げ、鏡に写る自分をしっかり見つめる。そして次のセリフが入る。

波に乗れた今日言わなければ
この先もきっと
ずっと言えない

2つの手洗いシーンの共通点と相違点

共通点

今から行動を起こすにあたっての、最後の決意を表すシーンとして描かれている。

相違点

貴樹が最後の決意をしたのは、"明里の待つ岩舟駅まで一人で行くこと"であり、明里が待っていることは当然と思っている。つまり貴樹の決意は、物理的困難さに対する決意であり、精神的には貴樹は不安を感じていない。
花苗が最後の決意をしたのは、"貴樹に告白すること"であり、貴樹が受け入れてくれるかどうかに対する精神的不安に対する決意である。
同じ決意であっても、結果に対する不安という点では、頑張った先の結果がどうなるかは決意の時点では分からないので、花苗の方が強い。現に花苗の決意は最後の最後に鈍る。

対比

貴樹と花苗は共に、その年代にとっては大きなことを成そうとしている。貴樹は物理的困難さに、花苗は精神的困難さに挑む。貴樹は頑張れば結果は確定しているが、花苗は頑張っても結果がうまくいくか否かは分からない。結末は、貴樹は最後まで成し遂げ目的を達するが、花苗は途中で諦める。これら行動の着手を象徴するのがトイレの手洗いシーンである。身を清めるという意味があるのだろうか。