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時はお金で買えません

【Ozzy Osbourne】Ordinary Man :オジーがオジーを辞めるための遺書


これは、オジー・オズボーンの生前中に公開された遺書。そんな印象の曲である。


Ozzy Osbourne - Ordinary Man (Official Music Video) ft. Elton John

MV構成は定年退職後の自分史みたいなもの

自分の生い立ちから始まる半生、というよりほぼ一生をこのMVで描いている。定年退職後の老人の自分史みたいなものであり、オジーの信奉者でなければ、全く興味を起こさない動画であろう。この曲は、第1線を退いて、心にぽっかり穴が開きそうになって慌てて纏めた自分史なのである。その意味で、タイトル通り普通の人なのである。ファンはこれを聞かされて複雑な思いにしかならない。オジーの思考が普通の人になっているのだから。少なくとも、オジーがオジーを演じていないようにしか見えない点が戸惑いを生む。演じろよ…と。

オジーがオジーを演じない理由

このMVで、オジーがオジーを演じていない理由は、このMVが、演じることをやめたことをアナウンスするための告知であるから。冒頭に遺書と書いたが、いわゆる死亡時を見越した遺書ではなく、社会的に引退することに対する遺書なのである。そうでありながら、人々には自分のことを忘れて欲しくない。そういう人間としての感情が、"Don't forget me as the colors fade"という歌詞に現れている。このMVだけでなく、歌詞においても、HR/HMの雄オジーではなく、一個人のオジー・オズボーンが前面に出ている。"Ordinary Man"は、オジーがオジーを辞めることを宣言する曲なので、MVにも歌詞にも、個人であるオジーと、ミュージシャンかつエンターテイナーであるオジーの両面が出てきているのである。もう引退することを決めてしまっているから、オジーはオジーを演じていないのである。

歌詞はさらに哀しい

しかし、歌詞はというと、ひたすらサヨナラと言っている。ステージは降りるけれど、忘れないでくれという悲しいく静かなオジーの叫びを聞くことになる。「the ultimate sin」(罪と罰)前後までのオジー全盛期の激しい叫びではない叫び。これを何度も聞かされる。ファンであれば、これを聞かされたら悲しい気分になる。こんなのは、ステレオタイプのオジー像ではないから。しかしメロデイはオジーそのものである。ただし歌声は、オジーの歌であるのに、途中のエルトン・ジョンの方が良い感じに歌えているのが悲しい。もはやオジーの声に勢いはない。最新の技術の力でもここまでかと限界を感じる。しかし、この曲は間違いなくオジーの曲である。オジーらしさが出ている、というよりも、過去の曲のメロデイをツギハギして作ったような曲である。その上で、険が取れた、牙を失ったオジーの曲。本当にお別れなのだなという感じがひしひしと伝わる。

Miracle Man

オジーには、Miracle Manという曲がある。ザック・ワイルドと組んだゴリゴリに現役だった頃の曲。ここで実在の人物をMiracle Manと題して痛烈に皮肉ったオジーだから、今度のOrdinary Manというタイトルで、自分に対して皮肉っているということだろう。泣き言みたいな歌詞も、額面通り受け取るべきではなく、皮肉として受け取るべきなのかもしれない。しかし、現状わ見るに、これは皮肉に見えない。皮肉の皮を被った本音、いやそのままの本音に見える。それはオジーがあまりにリアルに歳を取ったから。

オジー・オズボーンが好きだったら、好きだった過去があるなら、聴くべき曲

まさにオジー・オズボーンのバラードなので、オジーのことを、今は興味がなくなっても、好きだった過去があるならば、聴くべきである。昔のことが思い出されるであろうから。そして、それがオジーが歌詞の中で願っていることであるから。

お疲れ様

オジー・オズボーン様、お疲れ様でした。サプライズお待ちしています。絶対ある!