Golden Time

時はお金で買えませんが、時間はお金で買えちゃいます。

【ROOKIES】第2巻「楽園が消えた日」


早々に川藤の軍門に下る?御子柴と関川。そして、心の奥底では既に負けを認めた安仁屋も、対面や過去との折り合いがつかない為ブレているが、川藤に完全に一目置いている。連載時でも2巻冒頭あたりまで読めば、安仁屋しばらくしたら野球始めるなと分かるほどの描写。まあ、蒲田の側に来なかったら、話は続かないのだけれどね。不良でも高校生なんだなとかそんなふうに読むのかもしれない。

暴力と文学(山椒魚と新庄と関川)

このくだりは本当によくできている。図体の大きい新庄と山椒魚をうまく対比して、暴力の中に文学を埋め込むことに成功している。山椒魚の話がBGMのように「聞こえる」。絵と文学で音が聞こえる表現は素晴らしい。

安仁屋と新庄

安仁屋の心はブレブレ。一方の新庄は安仁屋のように川藤について知る機会に乏しいから、敵視したまま。まさに山椒魚。これ、安仁屋はたまたま運が良かったのではない。安仁屋は行動している。川藤のことを知るために、前任の神田川高校まで自分の足で行っている。これ、安仁屋と新庄の決定的な差。安仁屋が運良く山椒魚化から逃れ、新庄は運が悪かったというような描写にはしていない。2人の考え、行動指針の違いが描き分けられている。

安仁屋の奥の深さ

関川から、校長が、川藤を使って不良と川藤両方を一掃する計画であることを知った安仁屋の行動。校長室にいる校長に、まず次のように言う。

部下の教師を使って 派手に俺たちのクビはねようってのか

その後、バットでスイングし校長をビビらせた上で次のように言う。

物でも人でも何でもよ 正しい使い方ってのがあんだよ

これは、川藤が前任校で、武器を持ち歩く張本に対して使った言葉の受け売り。このエピソードを安仁屋は自分の足で神田川高校に行って聞いたから、自分の言葉として使えている。安仁屋の意味は、不良をなんとかするのに教師を使う場合、教師に暴力を使うことを期待するのは間違っているということ。ここに安仁屋は川藤側に完全についたことを読者に知らせている。しかし、このエピソードは、校長室という密室で、校長に対して行われたものであるので、不良たちを含む物語中の人物はそれを知ることはない。その意味でうまい描写である。

川藤の未熟さ

殴るか殴らないか…この1点に川藤が教師として未熟か否かかかっているような流れになっている。屋上での新庄との対峙において、危うく殴りそうになったのを関川に止められ、後で関川は、御子柴に「まだまだケツが青いよな川藤も」と言われている。また、新庄がチンピラに絡まれていた時には、自身で「やっぱり未熟だと言われそうだが、何か今はとりあえず殴るしか思い浮かばない」と言っている。この「とりあえず殴るしか思い浮かばない」と言う言葉。なんだろう。

あとがき

まあ、必見というか、みんな知ってるというか。千原浩史氏があとがきを書かれています。千原浩史氏…つまり千原ジュニア氏です。