志摩にエンジンがかかってきました!
それが良いことなのか分からないのだけれど。
誰かを助けた数と助けられなかった数
陣馬は、成川の件で自分を責める九重に対し、次のように言う。
毎度そんなに反省してたら身が持たねえんだよ
俺たちの仕事はできなかったことを数えるんじゃなくてできたことを数える
これ、深いセリフにも思えるが、考えようによっては、諦観しているようにもとれるため、怖いセリフである。これについて伊吹は、
誰かを助けた数と助けられなかった数
どっちが多いんだろうなもしかすっと助けられない方がはるかに多い
と言う。
志摩は、初めて組んだ日の当番明けの朝伊吹の言葉、「機捜っていいな 誰かが最悪の事態になる前に止められるんだよ 超いい仕事じゃ〜ん なっ」に対し、
俺はあのとき…感動したんだ
この野生のバカと走ったら取り戻せるかもしれない
今まで助け損なった人達の分まで 誰かの未来をいいほうにスイッチさせて救えるかもしれない
これに伊吹が反応する。
止められるかな
志摩は即答する。
止められるよ
その後の、伊吹「間に合うかな」志摩「間に合う」伊吹「間に合う」志摩「間に合う」伊吹「間に合う」…以下略のリピートは、被害を抑えて救う意志の強さと、志摩と伊吹の2人がブレずに同じ方向を向いたことを意味する。綺麗な描写。
なお、この陣馬のセリフには、前振りがあり、この第9話開始早々の段階で、蒲郡を助けられなかった伊吹について、伊吹のいない場で、「そうだな 刑事やってりゃこういうこともある 受け止めて次の時間に向かう それだけだ」と、陣馬は志摩に対して言っている。このシーンは、発言する陣馬より、それを聞く九重の方が手前にいて大きく写っている。このような描写を事前にしておいた上で「毎度そんなに反省してたら身が持たねえんだよ。俺たちの仕事はできなかったことを数えるんじゃなくてできたことを数える」と同じことを、今度は九重に対して言っているのだ。そしてこのときは、伊吹をアップで映している。深いものを感じる。
志摩の熱い男に対する共感
志摩は、成川の件で自責の念から自分にやらせて欲しいという九重に対し、
公私混同だな
でも 嫌いじゃない
と言う。また、先に書いたように、伊吹に対して、
俺はあのとき…感動したんだ
この野生のバカと走ったら取り戻せるかもしれない
と言う。更に、エトリについて、伊吹が、
もしもハムちゃんに何かあったら
隊長に何かあったら
ゆたかに何かあったら
俺は許さない 許さない
と言うのに対し、志摩は、
安心しろ 俺も許さない
と言う。これの面白いところは、「何かあったら」の数と「許さない」の数がともに3つと合わせてあること。3つ全て許さないと言うこと。
冷静というより多少冷徹に見える描写が多かった志摩だが、この第9話では、しつこいくらい志摩が熱い男に共感する様が描かれる。要は、志摩も、本質的には熱い男だと言うことなんだろう。
しつこい繰り返し描写
「止められるかな」=>「止められるよ」
「間に合うかな」=>「間に合う」
「俺は許さない」=>「俺も許さない」
これが暑苦しいほど熱い相棒。しかも、「止められるかな」「間に合うかな」は、志摩にとっては香坂の自殺、伊吹にとっては蒲郡の犯罪につながるできなかった過去を踏まえたもの。その上での、「俺は許さない」なのである。
志摩の静的な熱さ
成川と羽野麦の待ち合わせ場所に現着してすぐ、志摩も、伊吹も、陣馬も、九重も走り出す。しかし志摩は立ち止まり、目を瞑り考える。相棒の伊吹は動的な熱さであるが、志摩の熱さは静的なもの。
エトリの感覚
見張りもつけずに、「持たなくても誰も気づかない」と言って放置してどっか行ってしまう感覚。分からない。絶対にバレない、絶対に捕まらないという自信はどこからくるのだろう。
捕まって死亡した?エトリ
捕まったシーンがなかったので、捕まったのは身代わりだな…と思ったらそうじゃなかった。設定通り、最後まで謎のエトリさんであった。この第9話のタイトルは「或る一人の死」であり、この中で死が描かれたのはエトリのみ。ギリギリまで死ぬのは成川かと思われたが。だからエトリは死んだのだろう。明確な描写はないが…。あと、なぜカタカナ?伊吹山、陣場山や、志摩、九重と地名から名前をとったりしているし、敵側は、クズを見捨てるから久住と言うダジャレまでいれているからには、エトリにも何かシャレがあるはずなのだが…。不明。
食えない久住
自分のことを、クズを見捨てるから久住と言っていたが、「ここもエトリさんのもんやし」と言っていた建物から、ある意味このドラマで最大のクズであるエトリをドローン爆弾で殺害するという有言実行の食えない奴っぷりを発揮している。これで、最大のクズの称号は、めでたく久住自身に移った。