Golden Time

時はお金で買えません

【未解決の女】同じドラマと思えないコメディとギャグのレベルの差


このドラマは、本当に百戦錬磨な役者さんが揃っていたので、わざわざコミックリリーフ役を置く必要がなかったはずの陣容。それに加えて古賀室長(沢村一樹氏)をコミックリリーフ専担として置いている。草加慎司役の遠藤憲一氏も言わずと知れた硬軟共に演じることのできる役者。国木田係長演じる更に谷原章介氏は、最終回、国木田係長が池内参事官の部屋を訪れるシーンで、ただ能面で淡白な対応をしているだけなはずなのにコミカルさが溢れてきて、惹きつけられる場面となっている。主演波瑠氏をはじめとして、幅広く演じられる。

なぜ追加のコミックリリーフ専担が必要なのか

沢村氏はシリアスで押し通すこともコミカルに押し通すことも、両者のハイブリッドもこなせる俳優なので、ユーティリティ高く生き生きしていた。しかしそこに水を差すのが宗像さん。空気を読まず一本調子に騒ぐだけ。シーンに流れる空気は壊すし、その後の再構築することもなし。壊しっぱなし。なんでこの役が必要なのだろう。意味があるとしたら、あるシーンを普通に描くともっと長くなってしまうので、強制的に終わらせ、無理やり場面転換へ持っていく狂言回し役…くらいしかポジティブな面は見いだせない。そういうコメディと考えると、そう見えなくもない。でもやはり演じる皆川猿時氏が気の毒な気がする…が、まあ、目立つ役ではあるので、メリットはあるのかも。

コメディセンスとギャグセンス

この第2シーズン最終回のラストシーンでの主人公のセリフが、

先輩、自分が今回の事件で学んだことは、愛は素晴らしいということです。
自分もいつかあんな愛を知るんでしょうか?

なの、これは理解不能。ギャグとして言ってるんだよね…これ、矢代と鳴海が年齢は立派な大人なのに、恋愛についてはお子ちゃまだというギャグだよね。そうでなければ泣ける。なんだこの脚本。中学生の創作劇でもこんな締め方しない。なんかこう、コメディリリーフとギャグを使い分けているのかもしれないが、そうであるならば、コメディリリーフを担う俳優たちのレベルと、ギャグのセンスが余りにギャップありすぎる。それが狙いというならば…やはり泣けるな。徹底して知性を感じないギャグと、知性が要求される役者のコミカルな演技…並べる意味がわからない。

部屋の中のお話だけど

基本第6係の部屋の中での動きの少ないばしょに個性ある俳優たちが集まって掛け合うのが見どころのドラマだったけれど、本当にやりとりが軽妙でテンポ良く、室内なのに「動き」があった。ギャグパートがもう一捻りあれば、より完成度が高まったのにと思う。