Golden Time

時はお金で買えません

【カネ恋】最終話で慶太は亡くなっている?


『おカネの切れ目が恋のはじまり』が最終回を迎えたが、ひょっとして慶太は亡くなっているのではないだろうかという気がする。もちろん矛盾するシーンもあるが、登場人物の言動が、亡くなった人に対するようなものが散見されるのだ。

冒頭の布団のシーン以外の慶太が映るシーンは全て回想

冒頭、自分の部屋の布団の中のシーンのみが慶太のドラマ内の時系列で現在進行系のシーン。それ以後の登場シーンはすべて過去を思い出すシーンとして登場する。

布団のシーンの違和感

前日の玲子とのキスを原因とするものだろうが、慶太は眠れぬ朝を迎えるシーンから最終話は始まる。突然、ブランケットを頭まで被る。その後、ブランケットから出た左手が一瞬こわばって、その後弛緩するような少し不自然な動きをする。この不自然な動き、突然死を表現していると取れなくもない。

それ以降、慶太は出てこない

玲子母によると「6時過ぎくらいに出かけた」ということ。これが正しいとして、再度、玲子母に気づかれないまま部屋に戻り、布団に入ったと考えれば、死亡説は矛盾しない。それ以降、会社は欠勤、慶太の両親がみずよう館を訪れても部屋にいない。翌朝、玲子が部屋を覗いた時にもいない。慶太はどこにもいない。

慶太がいないことを受け入れている人々

それでも会社の同僚や両親は慶太がいないことを騒ぐことなく受け入れている。これは、慶太の死を意味していると考えると不自然さは軽減される。特に、両親が部屋を訪れたのは、慶太の遺品整理のためと考えると、父母が慶太の部屋で思い出話をするのも納得できる。そもそも休日に一人暮らしの息子の部屋に予告なしで訪れるということは、大人の行動としてあり得ないだろう。

伊豆からの帰り道、板垣と玲子の会話も、既に慶太と別れた(つまり死別した)後の話に思えるし、長期間いなくなることも織り込み済みになっているように見える。黄色の猿の小皿を玲子が自室に持って帰り飾るのも、形見分けと考えられる。生きていて、しかもすぐ帰ってくると思うならば、他人の部屋に勝手に入るだけでも考えられないのに、物を取ってくるというのはあり得ない。この点からは、死亡説が強く考えられる。

ラストシーンでみずよう館に入って来た人は誰?

しかし、慶太死亡説を取ると、ではラストにみずよう館に入って来たのは誰なのかということになるが…、会社にさえ休むことの連絡をしないまま2日間家を空け、そして連絡なくふらりと帰ってくることも説明がつかないので慶太が帰って来たと当然のように考えることもできないであろう。入って来たのは、玲子父でも、玲子はあの顔をしたのではないか。玲子父なら、玲子母に詫びるためにみずよう館を訪れる理由がある。早乙女だとちょっと違うかもしれないが。

最終回を全体的に見ると

慶太は亡くなったと考える方が不自然さは少ないのではないか。そもそも前夜に玲子と色々あったとはいえ、両親にも会社にも連絡しないまま飛び出して帰らないというのは変。慶太は、まりあと付き合い別れた過去があるわけで、恋愛ごとのゴタゴタ、気まずさの経験もしているはずであるから、玲子との出来事程度で何もかも放り出していなくなるというのは想像できない。