芹沢が出雲麗音に缶コーヒーを買いに行かせた…ただそれだけの行為が、「相棒」に新レギュラーとして加わった出雲と特命係、捜査一課とのパワーバランスを構築することになろうとは、芹沢は予想もできなかっただろう。このような描写を観ることができたのは視聴者として感涙ものである。
缶コーヒー事件の流れ
芹沢の指示
勤務中に芹沢が出雲に指示したことが、上の自販機ではなく、わざわざコンビニへ行って微糖の缶コーヒーを買うこと。これに出雲は従うのだが…これは、芹沢の出雲へのマウント取りに見えるが、結果的には、出雲が芹沢にマウント仕掛けていたことになる。出雲の頭脳は半端なく回転するものだった。
出雲の職務放棄
出雲は、買いに行くよう言われたコーヒーを持ったまま、杉下、冠城と銃撃現場を訪れる。
携帯のGPSによりそれがバレて伊丹・芹沢コンビがそこにやってくる。そうして出来上がった場面。
芹沢:(缶コーヒーを渡されて)ありがと いい根性してんじゃん。
伊丹:今後 二度と うちの出雲に近づかないでくださいね
伊丹・芹沢と共に出雲が立ち去った後。
杉下:芹沢くんの缶コーヒーでしたか
冠城:いや そんな事…でも 大丈夫ですかかね?彼女
杉下:どうでしょう しかし 大丈夫という計算がなければ 彼女だって一緒に来たりはしないでしょうからねぇ
冠城:まさか 右京さんが誘った時 来るなんて言うと思いませんでしたね
杉下:ええ 僕も意表を突かれました
出雲麗音 思っていたより ずっとしたたかな女性ですねぇ
大河内首席監察官のいる刑事部長室
場面変わって刑事部長室
大河内:出雲麗音に たった一本の缶コーヒーを買いに行かせたというのは本当か?
芹沢:えっ?
大河内:しかも同じ階の自販機ではなく わざわざ1階のコンビニまで
こう追求するも、いじめた芹沢も職場放棄した出雲も、衣笠副総監により、正式な懲戒処分ではない訓告で手打ちとなる。つまり、衣笠副総監もKGBを敵に回すことはしたくないということ。
手打ちの前提
この手打ちの前に、社を中心とする女子会KGBに対し、衣笠が「極めて不気味ですね」と言い、甲斐も「男ってものは いつでも 女性が怖くて仕方がないんだからね」と語っているシーンが入っている。
缶コーヒー事件の整理
つまり、缶コーヒー事件は、次のようなものである。
①芹沢が、単に先輩後輩の関係だけに基づいて出雲に缶コーヒーを買いに行かせる(芹沢によるいじめ行為)
②出雲は缶コーヒーを買いに行くが、戻る途中で出会った特命係の誘いに乗り、自らの襲撃現場について行く(形式的には出雲の職務放棄)
③出雲の携帯のGPSを元に伊丹と芹沢が現場に来る。芹沢は出雲に「いい根性してんじゃん」と言い、伊丹は特命係の2人に「今後 二度と うちの出雲に近づかないでくださいね」と釘を刺す
④杉下は、出雲が買っていたのは「芹沢くんの缶コーヒーでしたか」とわざわざ口に出して言うが、冠城は「いや そんな事…」と軽く流す
⑤職場放棄になるのに、缶コーヒーの扱いの途中で特命係について言ったことに対し、杉下は、「大丈夫という計算がなければ 彼女だって一緒に来たりはしないでしょうからねぇ」「僕も意表を突かれました」と評する
⑥社を中心とする女子会KGBに対し、衣笠も甲斐も警戒している
⑦大河内が芹沢の行為を問題視するが、衣笠副総監により、正式な懲戒処分ではない訓告で手打ちとなる
出雲麗音の頭脳
もう、素晴らしく頭が良い。しかしそれは杉下の頭の良さとは違う、人を駒のように動かす力。男ばかりの警視庁で、出雲が身につけた、もしくは天賦の才として最初から持っていた、組織の中で生き抜く力が、人を駒のように動かす力である。
出雲麗音の人を駒のように動かす力は、社にも似ている。しかし社は自らの持つ地位、権力をチラつかせながら人を動かすのに対し、この出雲は、力を持たないのだから当然だが、ナチュラルに人を駒のように動かす。ある意味社より汎用的能力である。
杉下も意表を突かれる出雲の指し手
缶コーヒー事件の対応にしても、出雲は何手先までも見えているのだろう。この辺り、チェスを趣味とする杉下も感じたようで、「ええ 僕も意表を突かれました。出雲麗音 思っていたより ずっとしたたかな女性ですねぇ」と「意表を突かれました」「思っていたより ずっとしたたか」とチェスの指し手の評価のような言葉で出雲のしたたかさを語っている。しかしこのセリフを杉下が言った時点では、まだ缶コーヒー事件は中盤でしかなかった。この後、刑事部長室のやりとりがあるのである。
芹沢は自分がラッキーだったと気づいているか
缶コーヒーのやりとりは、比較的さらっと描かれており、また、その後も芹沢は、特命係に対して嫌味な言葉を吐いたりしているが、芹沢は、本当に偶然のお陰で処分が軽くなったことに感謝すべきである。出雲が職場放棄していなければ、喧嘩両成敗にならず、単なる芹沢によるいじめ案件なのである。KGBに配慮する衣笠の仲裁がなければ、芹沢は大河内に厳しく咎められていたはずである。しかし、大河内の食い下がりに反して、衣笠が訓告で押し通したことを見せられれば、出雲に対しなんらかの配慮があると、伊丹も芹沢も感じたであろう。これからは、安易に出雲に手を出してはならない言うことに少なくとも意識下において、気付いたはずである。
缶コーヒーの所有者を見て杉下が気づいたこと
「芹沢くんの缶コーヒーでしたか」とわざわざ口に出したのは、要は、出雲が計算づくで職場放棄し、騒動を大きくした上で、芹沢らに対してマウントを取りに行ったことを予想したからだろう。加えて、特命係の2人に、芹沢が出雲に対し缶コーヒーを買いに行かせたといういじめ行為を目撃させる意味もあったであろう。何でも気になる杉下に、コンビニまで行って買わされたことを自然に伝え、さらに杉下と冠城の目の前で、缶コーヒーを芹沢に手渡すことで、単に出雲が口で言うのとは異なる、いじめの事実を「目撃」させることに成功している。それゆえ、「大丈夫という計算がなければ 彼女だって一緒に来たりはしないでしょうからねぇ」と言い、「出雲麗音 思っていたより ずっとしたたかな女性ですねぇ」と言っているのである。つまり、出雲は、杉下について行くことが、いじめの目撃者を増やす計算を立てたということ。缶コーヒー買いに行かせたらちっとも帰って来ず、さすがに伊丹と芹沢も何かあったと思って、GPSを使い、出雲の場所を突き止めた。これも出雲計算通りで、芹沢は出雲の前に現れ、そこで缶コーヒーを渡すことで、杉下と冠城をいじめの目撃者とすることに成功するのである。これが、杉下の言った「大丈夫という計算がなければ 彼女だって一緒に来たりはしないでしょうからねぇ」の大丈夫という計画である。出雲、恐ろしいくらいの計算である。
以上を杉下は、缶コーヒーの所有者は誰かから導き出している。これに対し、「いや そんな事…」と缶コーヒーの所有者について軽く流した冠城は、出雲のしたたかさに気づかなかったということになる。
出雲がしたこと
これが恐ろしいくらいに受け身。受け身なのに人を駒のように動かしている。出雲がしたことは、描写の範囲では、芹沢に缶コーヒーを買いに行かされたこと、杉下に襲撃現場に同行を頼まれたことしかない。どちらも受け身の行為であり、出雲からは積極的に仕掛けていない。ただし、どちらも断ることができる自由度はあるので、敢えて選択して、ドラマ中の状況を作り出したのである。
出雲が得たもの
杉下の「したたかである」という評価と、伊丹・芹沢からの余計な干渉がなくなるであろうこと。後者は、伊丹が特命係に対して言った「今後 二度と うちの出雲に近づかないでくださいね」というセリフを帳消しにはしないまでも、破ってもお咎めはない程度の地位は獲得したこと。
ストーリー展開上の都合
ストーリーをうまく回す関係上、出雲が特命係と接触することができるのは、非常に大事である。season19で、捜査一課と特命係の関係が悪化する兆しがある。これが進むと、これまでのようになんやかやと捜査一課から情報を得ていた特命係の情報収集力が弱まる。しかし、両者の関係に穴を開ける出雲がいれば、特命係は、情報を入手できる。この論法で考えれば、出雲はseason19で必要なキャラなのである。
誰が監察官に通報したか
これは描かれていないので不明。芹沢の出雲いじめを知るのは、芹沢、出雲の両当事者と、伊丹、杉下、冠城。この中で芹沢自身が通報することなど考えられないし、伊丹もそもそも芹沢の行為を見逃していたわけだから、伊丹が通報することもあり得ない。冠城も、余り缶コーヒーについて問題意識を持たなかったようである。よって、出雲か杉下のどちらかが通報したことになる。缶コーヒーについて「芹沢くんの缶コーヒーでしたか」と言っており、気になったであろうし、潔癖なところもあるので杉下が通報したことも考えられる。また、そもそもこれが出雲が画策したワナであれば、しっかり引っかかってくれたのを見届けたのだから、出雲から通報することも考えられる。大河内の尋問の場に、衣笠までいたことから、出雲から直接通報ではなく、出雲から社に伝え、社から衣笠に行き、衣笠から大河内に降りて来たと考えることもできる。
出雲は社の女子会KGBの一員
これは、劇中で既に語られていたが、それも当然で、社とは神社のこと。そして出雲といえば出雲大社。社と出雲は縁がある苗字である。ただし、神社には出雲族系と大和族系があるので、この辺り、他のメンバーの苗字が気になるところである。