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【イチケイのカラス】第5話 Yってる併合審理


2つのものごとの対比。これが第5話では意図的に強調されている。"Yってる"も"併合審理"も2つの異なるものの扱いの話である。"Yってる"は1つから2つへのの分岐を、"併合審理"は逆に2つから1つにへの合流を表す。こういう対立概念をサラッと組み込んでくるのが『イチケイのカラス』というドラマ。こういう作り込みって丁寧な気配りを感じる。出演俳優の過去作の設定やセリフをただ引用して面白がるのはインスタント的な美味しさで、ふたつはそれぞれ美味しいけれど、美味しさに違いがある。

そして、石倉と恭子という今も昔も惹かれ合っているのに結局再度離れることになる立場の違う二人が今回の話の主役である。

Yってる併合審理

Yってるという言葉は、1つのものが分かれ、二択の岐路に立たされ迷う場合に使うのね?一方の併合審理という言葉は、複数の事案の審理を併せて1つにするのね?この2つの言葉、意味的に対になってるのか。

現場にいた第2の女性

バレリーナ恭子が早々にこの第2の女性の候補に上がる。しかしこの事件、結局、現場に馬場がいてもいなくても、傷害罪に問われるのは槇原だけというのは変わらなかった。結局、併合審理にして変わったのは、事件の背景が分かったことと、恭子が共犯だったということ。

とにかく記憶が良い被告人と一部記憶のみ良い証人

食い逃げ犯の方は何でこんなに記憶が良いのか…という理由はともかく、とにかく記憶が良い。一方、バレエ団の面々は記憶のハッキリした部分と曖昧な部分の差が大きい。これも対比。今回は2つの異質なものが別れたり離れたりだけでなく、2つの異質なものの対比もテーマかな。

証人(バレエ団員たち)に対し証人(食い逃げ犯)が現れ、更に証人(石倉書記官)が出てくる

団員である証人たちの証言を否定する証人が現れたが、しかし2番目の証人はYって嘘の証言だと言い出す。しかし更に3番目の証人が、Yった末に出てくる。これを聞いた被告人はYった末に事実を語る。Yってるという言葉、個人的にはなじめないが、この畳み掛けるような証人攻勢は、音楽を観ているように視覚的にもリズミカル。

第5話における一番のYってるシーン

石倉と恭子の高校卒業式のほんの短い時間の会話。2人が1つになろうと互いが互いに自分の思いを伝えるか悩み、結局伝えなかった…これが、第5話一番のYってるシーンだった。これ、凄まじくて、2人のどちらかが告白すれば、付き合うことになったのだが、その確率は3/4。

石倉告白する、恭子告白する=>付き合う

石倉告白する、恭子告白しない=>付き合う

石倉告白しない、恭子告白する=>付き合う

石倉告白しない、恭子告白しない=>離れる

そしてその次が、裁判時に外で会った時の石倉と恭子のほんの短い時間の会話だが、この時も3/4で付き合うことになったのに失敗。

つまり、1/16の確率を引いて付き合えない選択肢となっている。まあ、実際は人の感情が関係するのでこんな確率は無意味なのだけれど、どちらかが少し勇気出すだけで、その後の運命は変わっていたという意味で、一番のYってるシーンだつた。

バレエに詳しくない役を演じる草刈民代氏

バレエに「お詳しいんですか?」と聞かれ、草刈民代氏演じる日高判事に、「全然」と答えさせるのは反則、これは本心で反則と思う。バレエを扱う回に姿を見せる…それだけで良い。俳優が過去に演じた他のドラマの役のセリフや、役の設定を出してフフッてなるのと同じように草刈民代氏のバレエを扱うのは違う。それは、うまく言えないが、品がないと考えるから。まあ、完全に個人的な考えなのだけれど。

バレエ指導等バレエに関わることで草刈民代氏の名前がクレジットがされていないか期待したが他の方だった。他にも草刈民代氏が何か関与されていないか探したが見つからなかった。

対象年齢6歳のいたずらと対象年齢中学生の胸のドキドキ

みちおが坂間に書類へのサインを求めるの、坂間が自分のペンを使ったために1度目は失敗。この時みちおは、残念な気持ちで坂間を見つめているが、これが坂間には何か特別な感情に見えたよう。これがラストでの道夫が仕込んだペンによるいたずら成功時の坂間の「ない…入間みちおだけは絶対にありえない」のセリフに繋がる。6歳のいたずらの2つの場面は、坂間の恋心が芽生えから、相手の行動、視線が気になる次の段階に移ったことの描写にもなっているのだろう。