Golden Time

時はお金で買えません

【カムカムエヴリバディ】女性が学ぶことの物語


『カムカム』は、三世代、100年間の歴史を通じた女性の教育機会・環境の変化をテーマにしているのではないだろうか。安子の英語熱、るいの読書熱に着目してみると、知的好奇心の強い女性が時代に応じて生きていく姿を描いていると言えそう。そして三世代を描くのは、知的好奇心が、子・孫と受け継がれ、時代に応じてどのように知的好奇心を満たす環境が変化し、学びのレベルが変化するかを対比的に表現するためと言えそう。

前提

人は皆、好奇心が強い。ただし、その好奇心をどのように人生において満たすことができるかは、本人の資質のみでなく、時代を含めた周りの環境にも依存する…という前提で考える。

安子

好奇心が強いが、誰かもしくは何かがきっかけとなって導いてあげないと、開始できない。英語は稔、おはぎ作りは『たちばな』復興という動機がそれぞれにある。

雪衣

千吉の葬儀の朝でさえ、連続テレビ小説の最終回だからと準備の手を止めてテレビの前にかじり付く姿は、千吉のことを何とも思っていないという描写であると共に、好奇心の強さという解釈もできる。しかし、雪衣の好奇心は、ドラマを観るという消費するだけの好奇心に留まると思われる。

るい

終戦間際に生まれた安子の娘。とにかく文学少女。好奇心は強いようだが、知識欲とは違う感じで、人の言動に対する関心が強い印象。母親との関係が歪なことの裏返しかもしれない。つまり、心の渇きを文学で補おうとしているように見える。そして、それがクリーニング店に勤めることで、人間観察につながったと。

この好奇心が学問的興味につながらなかったのは、先導役なかったからではないだろうか。安子が英語を学び、おはぎの製造販売も常に工夫していくことができたのは、英語は大学で学ぶ稔の手ほどきがあり、おはぎは金太らの教えを幼少期から自然と聞いており、基本的な学び方を習得していたから。るいにはそのような者はおらず、一人で知的好奇心を満たすことができるのは、読書と人間観察だったと考えることはできる。

ひなた

高度成長期に生まれるるいの娘。詳細不明。

ひなたの娘

安子は1925年生まれ。るいは1944年生まれ。ひなたはるいの子なので1960年代もしくは1970年代生まれであろう。『カムカム』が100年の物語というのであれば、ラストシーンは2025年である。ひなたは50〜60歳代となる。孫がいてもおかしくない。少なくとも成人の娘がいてもおかしくない歳である。なのに100年の物語を言いながら、日向の娘の世代については主人公として描く予定はないということなのだろうか。この辺り『カムカム』というドラマにおいて、必要な描写と不要な描写の取捨選択がはっきり出るところであろう。そして、日向の次以降の世代をどう描くかで、100年の物語の意味が変わるだろう。

教育について

背景

男性も未だ高等教育を受ける者が少ない中、女性の学問機会が少ない昭和の初めに生まれた安子。ここから、戦後初期に教育を受けるるい、バブル期に思春期を過ごすひなた。そしてバブル崩壊後に生まれるであろうひなたの子。この時代背景を、生きていれば100歳の安子が見届けることになるのではないだろうか。

各世代の最終学歴

安子は旧制小学校卒業、るいは高校中退。ひなたは時代的には高校卒業か短大、大学卒業であろう。特に他の学問に興味を示していたわけではないので、安子の英語学習意欲の強さを感じる。

向学心

安子は稔というきっかけで英語の世界に入るが、稔の戦死後は学ぶことそれ自体が目的になっていた。また、最初は生活のため、後にるいの治療費と『たちばな』存続を目的としておはぎ製造を行っていたが、こちらも目的が変遷していることからも製造、販売を工夫して行うことに学ぶ楽しさを見出していたと思われる。

るいはあくまで文学少女であり、安子のように学ぶこと自体に楽しさを見出しているわけではない。あくまで人間の心の機微に対して敏感で、それを知ることにカタルシスを得ているという印象。安子の知的好奇心は理系的であり、るいのそれは文系的である。