Golden Time

時はお金で買えません

【カムカムエヴリバディ】第10週 1962


放送日は年が明けて、本命?のジョーが本気出してきた。しかしドラマの中では1962年はまだまだ続く。るいにとって、母と別れてからこれまでの人生の中で一、二を争う濃い年なのだろう。しかし、るいの人生で一番大切な年は、本人は覚えていないだろうが、生まれてから終戦までの年なのではないだろうか。算太と同じく、生き残ったというだけで、もうそれだけで良かったということかもしれない。

episode 043 (1月3日)

宇宙人の正体が明らかに?

まだ正体がわかるところまでは来なかった。

やっぱりジャズが好きなんや

うーん、るいという名前をつけたのは、るいの親であり、るいという名前だからと言って、るいがジャズが好きとは限らないのだが、そこのところをすっ飛ばすジョーの思考は嫌いじゃない。

「るい」という名前まで知られていることに対しては、ジョー怖っ!と思うべきなのに、変な人みたいな感じでるいは受け取っている。これ、ジョーのキャラのなせる技。るいにとってはジョーは宇宙人だからね。ヒトに対する怖さを超越している。ジョーを演じるオダギリジョー氏がぴったりだし、そもそも役名と芸名が同じなの、オダギリジョー氏のキャライメージそのまま使っているということになり最高だわ。

サッチモ(ルイ・アームストロングの愛称)から取った"るい"と見抜くジョーは勘が鋭いというか、ますます「ディッパーマウスブルース」の少年だなと。ジョーは「ディッパー…」でるいに会っているし、何となくここからが運命の始まりか。実際は運命というよりドラマ的ご都合主義ではあるが、これもまた良し。

次は、ジョーがるいのテーブルに来た合理的理由が必要かな。るいがクリーニング屋の娘で、名前がルイ・アームストロングから取っていると想像したというのだけでは、まだ弱い。もっと何か惹かれる理由が欲しい。

甘えることに慣れてへんのやろ

竹村の夫平助は、どんだけ気がつく人なんだ。千吉も利く人だったが、気にかけ方が違うという感じ。千吉は個人を尊重するとともに家族全体のバランス感覚を大事にしていたが、平助はるいだけを見ている感じ。

仕入れが極端な寿司屋

その意味が「アジだけで勝負」と言うが、どういうこと?これだけでも直接的ではなくて分かりづらいが、更にこの言葉が嫉妬から出た言葉というのはもっと分からない。褒め言葉ではないのか?

ジョー、ベリー、トミー

米国人の名前で呼び合うジャズ喫茶の面々に「ちいてけん」というるいだが、ジョーから「ルイ」と呼ばれている。本名が米国人でも通用する名前なのは、ひょっとしたらこの中でるいだけなのかもしれない。稔の思いがこんなところで表現されているの面白い。

ベリーになんでジャズ喫茶にいるのか問われて何でか答えられないるい

ちょっと不安になる。好きな人に最初のデートで額の傷を見られたショックでジャズ喫茶に入ったのではなかったのか?クリーニング店に戻ってきたときに、何でデートに出掛けて洗濯もの抱えて帰ってきたのか問われても、私もよう分からんのですと答えている。るいの記憶が怪しくないか?これは4つのことが考えられる。

①るいはかなりの天然娘である

②額の傷を見られたことによるショックで記憶が飛んだ

③額の傷をつけた時の後遺症で実はるいの記憶力は非常に弱くなっている

④物事の関係を繋げて考える教育を受けていないため、言葉で状況を説明できない

何というか、④のような気がするというか、こういうところが教育の大切さと思えるのだけれど。

on the sunny side of the street

これをジョーの演奏で聴くと、るいはこれが安子が子守唄で赤ちゃんの頃から歌ってくれた歌だと思い出し、まあ、どうにかなるのだろう。どうにか?一体どうなるのだろう。るいの反応が気になる。

episode 044 (1月4日)

竹村クリーニング店

腕は確かな竹村夫妻。安いだけでなく、前の店では取れないと言っていたシミまで取るとは…逆に強力すぎる薬使ってないか?生地傷めてないか?という気はする。

腰が低いジョー

コーヒーを雑に淹れるジョーにダメ出しするるい。宇宙人とはいえ、流石にクリーニングの客の家だということ忘れてないか?しかしそういう対応を受け入れてしまうジョーはやはり宇宙人。

あと、何というかるいに腰低くというか、いい感じの間合いで接するジョーに好感を持ってしまうのオダギリジョーマジック。

千吉がコーヒーを飲むところを見ていたるい

千吉がインスタントコーヒーを好んでいたとは!それも新し物好きの象徴として飲んでいたとは!千吉意外なところでるいの記憶に残っているけれど、どういうシチュエーションだったのだろう。食後にお手伝いさんに淹れてもらったのだろうか、それとも千吉が自分で淹れていたのをるいは眺めていたのだろうか。後者だとしたら、るいはお爺ちゃん子だったということになるな。どうなのだろう。

「宇宙人」の刺繍は記号と主張するるい

無理があるだろ。そもそもお客さんの服に「宇宙人」と刺繍するのおかしいだろ。

良かった変わった感性の人で…

とか言っているが、ジョーからなんで宇宙人なのか問いただされることは、刺繍する前に想定しておけよと思う。「宇宙人」の刺繍はどう考えても酷い。しかしジョーが「変わった感性の人」でほんと良かった…と思っているのは、るいだけで、ジョーはその辺りも含めて冷静にるいのことを観察しているかもよ?

サッチモちゃん

ジョーに何度もそう呼ばれ、ちょっとルイ・アームストロングの名前を思い出するい。そしてダメ押しのジョーによる『on the sunny side of the street』のソロ演奏。結構早めに出てきたなという感じ。しかし、いつどこでどうして聴いたのか思い出せなかった。残念。小さい時だからしかたないが、母が子守唄で歌ってくれた歌だぞ!…というか、ここに時間をかけるのか。『on the sunny side of the street』は早く出してきたが、それにまつわる話に時間をかけるスタイル良いな。

片桐とるい

片桐はクリーニング背広上下を取りに来ても何も言わない。何も言えない。これ、片桐が冷たい人というより、何と声をかけたら良いか分からなかったからだろう。ただ、この感じだと、片桐はるいの資産を狙う詐欺師ではないな。その点では良かった。

一方のるいは、もう興味はジョーの方に移っていて、結構サバサバしている…様に見える。片桐と正対したときは流石に神妙な顔をしているが、心の痛みは既に感じてなさそう。しかし、これは良いことではなく、諦めてしまっているということかもしれない。るいの人生、何事も諦めというマイナスから入っている可能性がある。その意味では片桐とのデートまでの高揚は、るいにとって初めての積極的姿勢だったのかもしれない。それもあっさり諦めたのがクリーニング店でのやりとりなら悲しい。そして簡単に諦めてしまえること自体がもっと悲しいこと。

丸首シャツが多いのは…

るいはジョーの洗濯物に丸首シャツが多いことを不思議がっているが、それはジョーがカッコ良いと思っているからではないのか?ジーンズ履いていたし。米軍及びジェームス・ディーンの影響だろう。というか、Tシャツを知らないということなのか?

episode 045 (1月5日)

給与の使い道

季節は夏…7月分給与。ジャズ喫茶のクリーニング受注を評価して色つけてくれたらしい。その使い道を聞かれ、特に欲しいものはないから貯金すると言うるいに、まさかのダメ出しする和子。そんなこと言う和子スゲェ。凄い大人物だ。その夫の平助も凄いし。るいはとんでもない夫婦のところに来たものだ。

欲しいものを思いつかないということ

確かにるいは金銭的には満たされた人生を歩んでいたはずだが…それでも何か欠けているということだろう。そこで、やりたいことはトランペットであるが、欲しいものも行きたい場所もなさそうなジョーが出てくるの良いな。欲しいものがないと言うるいに対し、コーヒー代に使ったらと言う。出てきたよコーヒー。安子編のキーワードがおはぎと英語なら、るい編のキーワードはコーヒー。あ、おはぎと英語よりはインパクト低いだけで、安子編でもコーヒーはキーワードではあったか。

そして、行きたいところといえばアメリカにトランペット修行に行きたいトミー、欲しいものといえばジョーの恋人の座が欲しいベリーさんが2人の周りを囲んでいるのホント面白い。

あと1枚残ってたで

そう言ってレコード店に連れ込むとは何と強引なジョー。何というか他の人の考えを推測するの下手だな…と思ったのだが、それが後で大逆転をもたらすの良い。

ベリーさんとトミー北沢とマスター小暮

この人たちチームワークというか役割分担が良いな。しかしベリーだけるいの敵役になっているのちょっとベリーさん可哀想。かわいそうだからさん付けしとく。

トミー北沢は、なかなか良いキャラしてるし最高だ。

じゃあ、あんた何もんなん?どっから来たん?

ベリーは、るいに鋭く突っ込むな。

しかし、それがきっかけに、話の流れから、るいと名付けた由来の話になり、安子がるいの命名の由来について話した記憶が甦える…が、るいは思い出しながらも、間違った由来である勇が言った野球の塁からとか言う。とぼけて言ったのではなく、なにかを振り切るような感じで言っている。るいにとって安子は憎むべき母なのだろう。

結局、お金使わなんだな

アイスコーヒーのお代を不要と言われてるいが思ったのがこれか…。お金に対し無頓着なようでこだわるの、ここがるいの複雑な環境が生んだ性格が表れている。まあ、和子にお金を使わないとあかんと言われて出てきて、ジョーにコーヒーにお金使えばと誘われてジャズ喫茶に来たが、お代はいらないと言われる。本人使う気なのに使えないというのオチとして秀逸。

ジョーが和子の思いを言い当てるの凄い

しかし、和子にお金を使えと言われても困ると言うるいを見て、和子の青春時代は戦争中で美味しいものも食べられず、おしゃれもできず、行きたいところにも行けなかったからそう言っているのではないかと和子の真意を推測するジョー凄い。和子も凄いが言い当てるジョーも凄い。それが間違っているかもしれないが、でも凄い。るいの心に響く言葉であろうから。

やっとジョーの名前を知ったるい

宇宙人→ジョー→大月錠一郎。ついに名前を知ったところで、これから洗濯物に縫い付ける名前の刺繍が変わるのか否か…それが気になる。あ、大月錠一郎が本名ではなく芸名である可能性もあるのか。

思い詰めた顔をするるい

なにか竹村夫妻に言おうとするが、切り出そうとしたところで次回へ…って、焦らすなぁ。焦らすけれど、これは悪い予感はしない。お金の使い道を発表するのだろうな。予想するに、旅行に一緒に行こうとかそんな感じかな?そんな単純ではないか。ならば、ジャズ喫茶で行われる『サマーフェスティバル』に3人で行くとか…これはあり得そうだな。ただ、夏祭りは、安子が稔と行ったイベントなので、これは恋の予感…ということで、順当に行けば、るいはジョーとくっつく。対抗馬としてサマーフェスティバルにたまたま客として来た片桐。大穴はトミーという感じか。個人的にはトミーがダークホース的に追い上げてるいを射止めるのを期待してるのだけれど。まあ、無いだろうね。

るいの話す言葉が岡山の方言だと分かるジョー

ますます定一のところにいた少年だという、ほのめかしだよ、これは。ただそう思わせて裏切ると言うのもドラマではよくあるけれど。それはともかく、これまでるいに対し岡山から来たのかと聞かなかったジョーも、良い人だなと思う。何というか、人に対してズカズカ入り込むところと、引くところがジョーの中に明確にある感じがする。これはジョーに引き込まれるのは仕方ない。

ええとこの短大生ベリー

うーん、どの程度ええとこなんだろう。岡山は田舎と切り捨てているが、雉真繊維の名は大阪にも知れ渡っているし。なんというか、ベタな逆転話ならば、ベリーの親のお得意さんが雉真繊維とか言うのが思いつくけれど…ベタすぎるか。

episode 046 (1月6日)

茶の間で始まるの良いな。

パロディから始まる

オープニングが、前回ドラマ内テレビでやっていた番組『私の秘密』のパロディで始まるの、るいの暗いもの背負っているだけではない、何かを持っている一面が見られて楽しい。

お願いごと

竹村夫妻に切り出すのは、サマーフェスティバルに行きたいというお願いだったのか。3人で行くお願いかと思っていた。この決めつけなんでやろ。

俺は自然と目立ってしまう

こんなこと言うトミーのキャラ好きだ。当時の映画ならこういうキャラが主人公のはずだが、現代のドラマでは完全に脇役キャラなのがまた良い。いいとこのサラブレッドは、それはそれで苦労があるらしいけれど。

B&Kビール

竹村平助が飲んでいるビールの銘柄。気になる。

ついにバレた雉真繊維のお嬢様

トミーは「岡山」「雉真」「叔父が野球」で、るいが雉真繊維の娘と気づくが、ジョーはそもそも雉真繊維を知らないというの良い。2人のキャラの対比絶妙過ぎ。トミーは良いとこの出だから世情に通じているというのは理屈に合うし、ジョーはジャズしか知らないのも分かる。

トミーの中で勇と野球が繋がっているのは、雉真繊維が母体の社会人野球チームでもあるのだろうか。もしくは大学野球でトミーが知るほどに名を馳せたのだろうか。流石にいいとこの子であるトミーでも、雉真繊維の社長の好きなスポーツというだけで知ぅているということはないだろうから。

若者のためのイベント

サマーフェスティバルは、若者の最先端のイベント。であるのに、ジャズが好きというわけでもないが行きたいと言うるいに対し和子はなぜ行くのかと問う。これに対し、

自分でもようわからんのんです

とか答えている。お金使えと言ったのだから理由は問わない方が和子らしかった気がする。まあ、本人自覚ないままジョーに惹かれたのだろうな。そんなサマーフェスティバルの場で、サラブレッドのトミーを評してベリーがるいに、

ええとこの子ぉにはええとこの子ぉの苦労いうもんがあるんや

とか言う。るいが「勉強になります」とかナチュラルに返すの結果的に皮肉が効いていて良いな。そのトミーがるいを雉真の娘と気づいたがベリーが気づいていないのもまた良い。これは本当に、ベリーの親の会社の得意先が雉真繊維で、ベリーがお金持ちキャラ的にギャフンと言わされる展開がありそうだ。るいのことを田舎の貧乏人とか言っているし、ベリー巨大なフラグ立てたな。

on the sunny side of the streetを演目に選ぶジョー

あんたダメだよ。サマーフェスティバルでこの曲持って来ちゃ。禁じ手だよ。ホントダメな人だな。どこまでが計算でどこまでが天然なんだよ。ホントに困った人だ。

シャーベットカラー

るいだけでなく、女同士で来ているトミーファンらしき人やジョーも恐らくこの流行色の服を着ている。ジョーもおしゃれなんだね。るいの衣装を見る前からこの衣装を着ていたから、るいに合わせたと言うことではない。

気絶?酔っ払い?

サマーフェスティバルに来ていた女性客のうちの1人が、ジョーの演奏中に気絶?してる。気絶でなくて酔っ払って寝たのかもしれないけれど。本筋とは関係のない細かいことやってくるの楽しい。

竹村夫妻

平助が、子供が出来とったとしても…という言い方をしているので、竹村夫妻には子供は最初からいなかったことになる。戦争等で亡くなったという展開はなかった。

episode 047 (1月7日)

on the sunny side of the street(ジョー版)

ルイ・アームストロング版に比べテンポ速くて華やかで今風だな。しかしそれを聴いて、るいは『ナイト・アンド・デイ』から逃げちゃったよ。

思い出すのは額の怪我をする前も含めた安子との思い出

ひとり黄昏れるるいを的確に見つけるジョー。

特別な曲じゃなくて、すごく特別な曲なんやな

なんて言ってる。ジョー、こいつ凄すぎる。しかしるいも負けてはいない。

あなたのせいで…余計なこと思い出してしもうた

と言って逃げる。どっちも凄いな。しかも、逃げたことでジョーが怒っていないか気にするるい。一方でジョーはジョーで、るいの言葉からるいが怒っていると思って落ち込んだ風になっている。ジョーにもそう言う感覚があるのかと意外な気もしないではないが。

しかし、すごく特別な曲とまで分かったのに、ちゃんとフォローできないの、なんでなんや。

地蔵盆

ラムネとか引換券みたいなの配っているが、ハロウィンみたいなものなのか。

お盆は、サマーフェスティバル後、地蔵盆前の行事であり、その間に岡山に帰った描写がないので、るいは千吉の初盆にも帰らなかったということになるのか。本当に岡山の思い出を忘れるために大阪に来たんだな。

子供の輪投げで無茶するジョー

子供から輪を奪って、希望の景品を聞きながら、明らかに景品を取れないところに投げるジョー。しかも2つも輪を奪って全然ダメなの、あかんやろ。しかしたこ焼き奢ってあげるから良いお兄さんだな。というか、これ、ジョーの子供時代が恵まれていなくて、地蔵盆のような子供のための行事に参加できなかったのではないかな。それで大きくなった今、参加したくて子供に混じって楽しんだと言うことだろう。そうだとすれば、結構悲しい話だ。あと、そうなると、自分がおしゃれも美味しいものも行きたいところに行くこともできなかったから、和子が、貯金を否定したのではとジョーが言ったことも理解できる。ジョー自身もそういう思いをしていたということだから。

その上で、やっぱりたこ焼きで白シャツ汚すけれど…白着なければまだ良いのに、いつも白着ているからな、この人。

特別やから、あいつのサニーサイドは

こんなこと言うマスターの小暮もまた攻めてくるな。るいが気になってしまうだろ。そしてその話をしている場にはベリーもトミーもいない。このシーンに賑やかしは要らない。

しかし、木暮が言った「特別やから、あいつのサニーサイドは」というのは、何か意味ありそう。ここで『ディッパーマウスブルース』を介してぐるっと稔・安子とジョーが繋がってくる展開が開けそう。

第10週総括

稔とジョーと片桐

ヒロインの相手役の描き方としては、稔は安子のことを内心どう思っているのかがほとんど表に出てこなかった印象。その意味で、るいに対する気持ちという意味では片桐が似ている気がする。ジョーも似たり寄ったりといえばそうだが、ジョーは2人に比べたらヒロインに対する好意が表に出ているように見える。

るいはジャズが好きなのか

第43話でジョーがるいに「やっぱりジャズが好きなんや」と言って、るいに「?」とされているが、るいは片桐に額の傷を見られた際にジャズ喫茶に飛び込んでいる。この無意識か意識的か分からない行為に意味があるのではないか。たまたま目に入ったからということはないだろう。時代的に若者カルチャーの先端の場であり、興味があったということはあるだろうが、それは心が満たされている時に選ぶものであり、激しく動揺している時に選ぶのは不自然な印象。それよりも、これまで入ったことのない場ではあるが、落ち着く場所、安堵する場所としてジャズ喫茶「night and day」が選ばれたのではないだろうか。るいにとっては時代の先端の場所ではなく、懐かしい、母の匂いがする場所だと無意識に思い飛び込んだと思える。それは即ち安子がとんでもなく時代を先取りした女性だったと言うこと。そしてその安子を英語の世界のみでなくジャズ喫茶の世界に導いたのも稔だった。るいはその2人の子であるので、無意識に何かあった時に帰る母親的な場所として、ジャズ喫茶を選んだというのは、現実ではないが、ドラマ的には納得できる解釈。たとえその店が初めてだとしても。竹村夫妻は良い人たちではあるが、この辺りの文化的素養はない。これは、竹村夫妻の興味がテレビの娯楽番組にあるような描写がたびたび描かれていることからわかる。この稔・安子夫妻との違いがるいの今後にとってどのような意味を持つのかが気になる。るいがどう思おうと、血は争えないという展開に思える。テレビのバラエティ番組ばかりの竹村家の中にありながら、読書は欠かさないるいの性格が稔・安子の学習欲を受け継いだものであれば、ジョーとの出会いでるいの人生の歯車は動き始めるのではないか。