Golden Time

時はお金で買えません

【となりのチカラ】第4話 完全なるストーカーの物語


大きな霊園で、別々に訪れた2人の会話を偶然通りかかって聞いたと言っているが、どういうことなのか?霊園の中を偶然歩いていたのか?なんで長い時間そこにとどまって別々に訪れた2人が墓に語りかけている言葉を盗み聞きしているのか?

どっかでお会いしたことありませんでしたっけ。どっか、外の広い場所だった気が…

これの言葉の実態が、霊園で長時間隠れて覗き見していたことなんて、恐怖でしかない。これを「お会いした」と言ってしまうチカラの感覚、怖すぎる。

チカラの実態とかけ離れた語り

困っている人を少しだけ日の当たる方へ連れて行くことができる

この語りも、怖い。一つ間違ったら大変なことになるようなお節介をし続けて、偶然に偶然が重なってハッピーエンド風になっているだけのストーリーにリアリティはないし、チカラの恐ろしさだけが際立つ。不幸な家族のパターンを思いつきでマンションの各部屋に配置して、1つ1つ思いつきと御都合主義で強引に解決した風だが、実は解決を途中放棄した話が繰り返されている。これを新時代のヒーロードラマとして観ろというのは無理がある。

小6の娘の好きな人をダイレクトに聞いてしまう父親

協力するとかそういうこと言えてしまう怖さ。やはりチカラは、

相変わらずの、のぞき趣味

何で頼子母子は打ち解けあったのか

よく分からない。あれだけ憎んでいた母を、娘が許せたのはなぜなのか。余りにあっさり娘が許していて、何が起きたのか未だにわからない。互いが別々に墓に眠る弟に語りかけていた事実を知ったから?それだけで打ち解けられるの?

チカラの恐るべき他人への関心

チカラは、5年くらい前に偶然通りかかったとか言ってるが…あんなに大きな墓の中を通りかかるって、どんなシチュエーションなのだろう。それだけではなく、2人の人間が別々に墓参りをして呟いていたことを聞いていたって、どんなシチュエーションなのだろう。これは、通りかかったというものでなく、覗き見していたということ。しかもかなり長い間その場にいなければ、2人の言葉を聞けるはずはない。チカラの他人への関心の程度は怖すぎる。

思いやりと人間愛だけは人一倍

「となりのチカラ」は、こんなキャラ設定を伴って始まったのだが、第4話までに、そのように感じるような描写はなかったように思う。あったのは、ストーカーのように近所の人につきまとい、勝手に家の中にも上がりこむ男の話。そして有り得ない偶然が次々に起きるドラマ。

託也の大学合格発表前に近所の人たちも巻き込んで合格パーティの準備を進めるチカラ

落ちた時のことを考えていないとは、尋常ではない。ただ、集まっている近所の人たちも、万一のことを考えないのかと思う。

就職採用連絡

少年Aと噂される上条の就職採用連絡も合わせてなされ、こちらも合格。何というタイミング。御都合主義が過ぎる。