Golden Time

時はお金で買えません

【となりのチカラ】第5話 諸悪の根源の自覚のないチカラの怖さ


遂に、チカラはマッチポンプになった。自分で良くない噂を広めるようなことをしておきながら、当の噂の本人の味方かのように同情するの怖すぎる。チカラはこの域まで来てしまったたのか。今から最終回が怖い。

管理人に断るとかそう言うことではなく

上条が少年Aなのか本人に聞いてこいという管理人の無茶な依頼を何となく受けてしまったチカラだが、そんな約束は無視すれば良いだけの話。どちらか一方が負担するだけの口約束など破れば良い。

性格判断のために相手に許可なく見るに耐えない写真を突然上条に見せることにためらいのないチカラ

ダメにも程がある。他人のための行動のはずなのに、他人に嫌な感情を起こすことに対して、何も考えていないのおかしすぎる。チカラは人のために行動しているという名目で、誰かに精神的な暴力を振るっていることが多い…というか、いつもそうなのではないかと思う。チカラには得体の知れない怖さがある。なのにドラマの中でチカラは"マンションのリーダー"なんだなよなぁ。

カフェからの覗きは相変わらず

それにしても、住民はカフェの存在を知っているはずなのだが、何故何も対応しないのだろう。カフェに抗議するというより、カーテンを使うとかプライバシー保持の工夫をする家はあっても良さそうであるがしない。したらドラマが成立しないからね。このドラマは、この隣人の生活をチカラが覗き見するという行為が、悪いことではないという前提で成り立っている。だからチカラが隣人のプライバシーを無視して隣人家庭の中にずかずか入り込んでも、それが隣人の抱える問題の解決につながるならば、良しとされているのだ。しかも、チカラは、各家庭の抱えるプライベートな問題を、内々にではなく、隣人に知れ渡る形で毎回解決している。これがドラマの中の話ではなく、現実世界であったら受け入れられるだろうか?現実にあったら、チカラは"マンションのリーダー"などではあり得ないだろう。

近所の噂の原因が自分であるという自覚がないチカラ

上条の噂は、管理人のそそのかしがあったとは言え、チカラが上条本人から聞き出したことが原因で広まった。これについての責任は、どう取るつもりなのだろう。上条が会社をクビになった原因もチカラなのだという自覚がないのが恐ろしすぎる。上条というキャラが、何が起きても特に感情の起伏がないという性格を利用してうやむやになっているだけで、チカラのやったことは、もっと責められて良いはずである。

謝れば良いと思っているチカラ

チカラは上条に、今まで失礼をしてごめんなさいと謝る。しかし、

ホントにごめん、俺たちのせいで

と言う。「俺たち」?え?この期に及んで、「自分が」原因だという自覚はない。かなり怖い人間。だからこそ、少年院にいたかどうかを平気な顔して聞けるのだろう。

マンションのリーダーでも何でもない

灯には、こう言われる。いや、そんなポジティブなものではない。疫病神でさえある。これまで、たまたま上手く行っていただけの話。チカラのやってきたことは、他人への過干渉である。大人の人間に対しては、それをやるならよほどの責任を取る覚悟がある行為である。しかし、チカラの方はそこまでの覚悟はない。親切として行動しているのだから。

最終回が怖くなった

チカラはかなり危険な人間であることが、これまで一貫して描かれている気がする。独善というよりもっと先のヤバさを感じる。このチカラに、新時代のヒーローというキャッチフレーズをつけていることは、最終回乞うご期待ということか。

『となりのチカラ』とは、隣人の噂の暴力のこと

タイトルの『となりのチカラ』とは、隣人の噂の暴力という意味なのではないだろうか。他人の家の秘密を覗き見し、それを周りに言いふらし、噂された本人は、最初は怒るが、結局、そこに住み続けるために仕方なく屈服する。この機能をチカラという登場人物に与えて実体化し、隣人たちが互いに監視し合い、噂し合う姿を描いているのではないだろうか。現実においては、チカラという人間がいなくても『となりのチカラ』は機能している。新時代のヒーローではない。昔からあるおどろおどろしい隣人の噂ネットワークの力である。