Golden Time

時はお金で買えません

【となりのチカラ】最終話 最後までおかしいチカラ


最終回なのに開始から全然落ち着く感じがしないの、安定の『となりのチカラ』

「Mukaino Cafe」閉店か?

これに対して、

うちのマンションも見られなくなる

とか言ってるチカラは、本当にヤバいやつだ。

トラブルメーカー小日向さん

小日向さんが問題行動を起こすことにより、道尾頼子さんの異常性が再度炙り出される。小日向さんと頼子さんは、トラブルメーカーとそれに対応する側という対比になっているが、家族と別れた感情の持って行き場として、隣人をターゲットにしているという点で同じ。小日向は隣人たちの反感を買う形であるが、頼子さんは小日向を利用して隣人たちの共感を得ようとする形なので、頼子の方が悪質であるように思える。

チカラは最後の最後までヤバいやつだった

分かったのは、お節介とかそういうものではなく、最後までのぞき趣味で他人のゴシップ好きだったということ。それでいて恩着せがましい男。隣人にいて欲しくない。

マリアと上条

表情豊かなマリアと無表情な上条の組み合わせ。これは上手い設定。もっと2人のエピソードを見たかった。単にチカラにチャチャ入れるだけで、ストーリーを進めるわけではない木次学を頻繁に出すくらいなら、この2人のを描いて欲しかった。ただし、キャラの組み合わせが良いだけで、ストーリーは、マリアと上条の取ってつけたようなプロポーズ展開だけで、2人をうまく絡ませるストーリーは、ほぼ無し。もったいない。

道尾頼子と娘

この2人の無理矢理な仲直りは違和感。木次夫妻の終わり方は理解できるが、なぜ道尾母娘の方は無理矢理仲直りできたのか。迷惑度で言うと一人暮らしになった木次学の方が道尾頼子より健全というか、迷惑度が低いから、強引な感じが弱かったのだと言えるが、頼子の方が丸く収まっている。木次夫妻の方は、これまで比較的描写が多かったから、気持ちの移り変わりが分かり、その積み重ねの上の展開と言えたが、道尾母娘の方は、娘の方が突然同居し、突然出て行って、また突然戻ってくる感じだったので、何が起きているのか分からなかったというのもある。

最終回で強引にチカラを良い人にして終わろうとしている

…のだけれど、やはりこの人はのぞき趣味の他人の不幸好きにしか見えないのだよなぁ。今思うと、灯もかなりヤバい人だということだよなぁ。結局、このドラマの中では、チカラはヤバいやつだということにはならなかった。それが本当に怖い。どういう世界なのだろう。

夢オチ

あー、、、、自分の本を出して直本賞を受賞するというのは、夢オチかぁ。最終回のラストシーン直前で夢オチはないな。『となりのチカラ』は、ホントなんでもありなドラマだな。

理解を超えた世界観

全く理解を超えた世界観のドラマだったとしか言えない。ただ、これがハマる人というのもいるのかもしれないとは思う。なぜなら、制作側がここまで徹底して違和感を覚える描写を貫けるということは、この世界観に同意できる人が一定数いるということだろうから。

隣人たちの態度がコロコロ変わるリアルさ

このドラマでは、チカラに対する隣人たちの態度が、コロコロ変わる。好意的だと思ったら、冷たくしたり、頼られたりと、都合よく扱われている。こういうところは、誇張されているとは言え、実際の隣人関係に似ていてリアルさがある。