Golden Time

時はお金で買えません

【ちむどんどん 】暢子は休業して何を改善したか


暢子は『ちむどんどん 』が赤字となったために休業を決断した。これに対し暢子は対策をとり、再オープンの日程も決めた…はずだったが、沖縄そばの味は、新規オープンの時と同様に決まらないままで、沖縄そばに入れる肉の味がよくないとか言っている。店の看板メニューである沖縄そばの味が決まらないという直前のドタバタは、普通は悪い予感しかしないのだが、どうも『ちむどんどん』の世界では、最後まで味に対してこだわっているという良い行動になるようだ。

二ツ橋と坂田の助言より、料理の味とメニューの改善

東京の人の口に合った沖縄料理から、暢子が元々身につけていた家庭料理の味に近づけることが、『ちむどんどん 』において、業績が良くなる唯一のポイントなのかという点についての合理的客観的説明はない。ただ、暢子がそう考えているだけ。二ツ橋も、信金の坂田も、料理の味を見直せとは助言していない。二ツ橋はやめても休んでもよいと言っているし、坂田は、資金繰りのために人件費、仕入れ原価を見直せと言っており、どちらかと言うと味は犠牲にしろと言っていることになる。しかし暢子は、店を閉めることも、人件費削減も仕入れ原価の見直しもしない。料理の味とメニューの改善だけで、赤字を突破できると考えている。

『あまゆ』の沖縄料理と『ちむどんどん 』の沖縄料理

暢子が『ちむどんどん 』を最初にオープンした際に失敗したのは、東京の人向けに味をアレンジしたことではなく、沖縄料理店経営の視点を暢子は持っていなかったからということは無いのかな?

『あまゆ』で色々やっていたけれど、あくまで手伝いであり、経営的な視点での経験を積めなかったのではないか。鶴見に住む沖縄出身者がメインの客となる『あまゆ』では、暢子の作る沖縄料理は、沖縄出身者にとって、故郷を思い出させる懐かしい味となっていたのではないか。そう考えれば、『あまゆ』の客に、沖縄料理の料理人の順次が作る料理より、沖縄料理の素人の暢子の料理の方が、うまいと言われていたのも理解できる。

『あまゆ』は神奈川県鶴見区、『ちむどんどん 』は東京都杉並区

『あまゆ』は、沖縄県出身者が多く住み県人会まである鶴見にある。『ちむどんどん 』にはそのような地理的環境はない。『あまゆ』での成功パターンが、そのまま通用するとは限らない。暢子は、杉並区にある店で成功するにはどうしたらよいか、よく考えるべきであった。しかし、暢子は赤字対応として、料理の味とメニューの改善以外には熱心ではなかった。結果的に、二ツ橋と坂田の助言は無視された形になった…ように見えるのだが。

二ツ橋と坂田の助言

二ツ橋はやめても休んでもよいと言っている。坂田は、資金繰りのために人件費、仕入れ原価を見直せと言っている。しかし暢子は、味とメニューの見直しのみで前進することを選んだ。

では二ツ橋と坂田の助言は無視されたのかと言うと、多分そうではないことになってそう。二ツ橋の助言は、一時休業ということで休んだことになっているのだろう。二ツ橋の言う、やめても休んでもというのは撤退の意味だと思うが、暢子はそう取らなかったと考えれば、暢子は二ツ橋の助言を受け入れたことにならなくもない。また、坂田の言った資金繰りのために人件費、仕入れ原価の見直しも、取り敢えず矢作の給与の支払い延期の了承を得たことで対応したことになっているのかもしれない。また、豚肉は結果的にだが、沖縄から仕入れる必要がなくなり原価が下がる。ただ、これは暢子が資金繰りのために行ったことではなく、偶然のことではあるのだが。

結局…

『ちむどんどん 』は、美味しければ客が入るという世界観の物語である。しかも、新規オープンの時は、東京の人に合わせた味で成功すると確信を持っていたのに、赤字になるとその確信が揺らぎ、新たな味の確信を持って試作を繰り返す。これ、美味しさが、単に信子の主観であることを意味している。暢子の舌は確かなのかもしれないが、その基準となる美味しさが、新規オープンの時と再オープンの時で変わっている。これ、今回も失敗したら、また違う美味しさが出てくるのだろうか。こう言う進め方だけでは経営としてうまくいかないのではないか。