Golden Time

時はお金で買えません

【ちむどんどん 】第125回 最終回 やんばるのある家族の(空想)物語?


力技というより、意味不明な光が出て万事問題なし!みたいな終わり方だった。これが順光線というものか?何で歌子の生死不明で引っ張ろうとしたのか?

一貫して何が描きたかったのかわからないドラマだったな。

タクシー代を払わないことがギャグなのか?

その感覚が分からない。しかも歌子の意識がないままなの状況でギャグとか。何もかもダメだな賢秀…と思ったが、暢子も良子も払う気がなかったか。

ドラマ的にはタクシー代のやり取りなんて省略可能なのだから強く違和感。散々描くべきところを省略して意味不明に進めているのに。

タクシー代を払わないことを、2度も、しかも主人公までやるのを描くというのは、これ、面白いことだと制作が誰かが思っていて、なおかつこれが面白いと視聴者も思うと考えているということだよね?NHKなかなかに無法地帯なんだな。

最終回にタクシー代を払わない兄妹をしつこく描くのは、暢子を始めとした比嘉家のありようをちゃんと描いているとは言える。その上での、全員が夢を叶える描写の意味…難しすぎる。

父に願うため、海へ向かう賢秀、良子、暢子。

こう言うのもなんだけれど、突然病で亡くなった父に妹の病気が回復することを祈るというのも変な話。しかしこういう非科学的なところが暢子なんだよなぁ。

タクシー運転手を無視して「お父ちゃ〜ん」を叫び続ける兄妹

これ、事情を知らないゴリ運転手からしたら、タクシー代を支払いたくないための、気持ち悪い行動にしか見えないな。つまり支払いを免れようとする悪徳行為。それを見せられる視聴者…まあ、慣れたけどね。

歌子の病

何故か老後は風邪さえひかず全く問題なしか。そもそもどんな病気で、どうして助かったのか、さっぱり分からん。第124回は生死の淵をさまよって医師も見放して終わりながらこれだから、『ちむどんどん 』は『ちむどんどん 』なのよ。

肩透かしのクライマックス

これに尽きる。

案の定、生命の危機系の話は、無くて良いエピソードだったし、最終回に何やってるのと。

暢子のやりたかったこと

一体何だったのか。世界中の美味しいものを食べたいが、どうしてやんばるで食べていたものを出す店を開いておしまいになるのか。いや、色々あってそこに落ち着くなら分かる。しかし世界中の美味しいもの食べてないじゃん。まさか智との食べ歩きで満たされたとかなのか?

困難なく全て問題なく大成功の比嘉家の人たち

なんだかな。タクシー代も払わない兄妹がそれぞれの道で成功…というか、そうナレーションが入っただけだけれど。努力もなく、目の前に人がいれば挑戦的になるこの兄妹が、成功しましたと言われても、感動すると言うことはないな。

恐らく、少年少女時代から、間を飛ばして、いきなりこの最終回を観た時と、これまで6ヶ月間ずっと観てきて最終回わ観た時と、成功の過程なく成功しましたと言われても共感できないなぁという感想は変わらないと思う。

全ての登場人物の夢は叶ったが、制作の夢は叶ったのか?これがやりたかったことなのか?

まあ、暢子と同じように振り返ることはしないだろうな。次っ!と前に行くのみだろうな。

良子が校長になったとか…

絶対他の先生困っただろうな。思いつきで何かしようとして、失敗はしない、方向が変わっても前進あるのみの人だから。児童もかわいそうだし。そういえば登校拒否の子まで良子原因で生んでいたな。ドラマで描かれた範囲だけで見ると最悪の校長になりそうなのに、成功した人物になってしまうの怖いドラマ。

『やんばる ちむどんどん 』はなぜ繁盛?

カビラ氏:暢子のやんばるちむどんどんは大繁盛!

那覇の人たちが車で来るには交通の便が悪い、付近の人口も少ない。これでどうして大繁盛するのか?時代はバブル辺りだから何もかもアリだったということ?

どういう客層なのかさっぱり分からない。地元の人たちが毎日来るような食堂には見えないし、誰がどこから暢子に利益を得させるために食べに来るのか?

これは、やんばるのある家族の物語です

全く理解できない。小学生の夢物語がせいぜいで、中学生ならもう少し現実を見た物語を見ると思う。最後の最後にもやってくれたな。そういう点ではやり通した。

最終回にタクシー代払わずに堂々としている主人公を含めた兄弟を冒頭に見せられて、「これは、やんばるのある家族の物語です」と言われても、近寄らんとこ…としか思わないのだけれど。

最終回から帰納的にストーリーを組み立てた?

…みたいなことを読んだが、どういうことなのか?最終回これだぞ?

最終回を観るにあたっての情報量

これまで6ヶ月間観てきた視聴者と、今日最終回だけ観た視聴者で、この最終回を観て得られる情報量はさほど変わらないのではないか?ずっと観ていたからこそ得られるのは、子役の俳優の方たちを知っているか否かだけという感じ。

不思議なこと

歌子は助かったのに、賢三は助からなかった違いはどこにあったのかなぁ。単に制作の感覚…なのだろうなぁ。歌子の病名さえ明らかにせず、死にそう→回復!その後、風邪さえひかない!ってドラマじゃないな。

全然ちむどんどん しない最終回だった!

少女時代に世界中の美味しいものを食べたいと言っていたのだから、ドラマ的には、食べればよくて、最終回には、世界中の美味しいものを食べてきたけれど、やはり私は沖縄料理店を開く!と言えば良かっただけではと思うのは素人考えだと思い知らされたドラマだった。

賢秀にやられまくるガレッジセール

川田広樹氏が演じるマスターのハンバーガーショップは破壊するし、ゴリ氏が演じるタクシー運転手の車のタクシー代は払わない。そんな賢秀がちゃんと働いているとナレーションされても信じられないな。

歌子の走馬灯?

ラスト、兄妹全員がそれぞれ成功していたこと、老けメイクがなかなかのクオリティであったこと、最終回に医者も手の施しようもない病状であったことから、これ、物語全体が、歌子の走馬灯+願望ということなのではないか?そう考えないと、連続テレビ小説の最終回直前回で、主要キャラが突然倒れて生死をさまようなんてチープなことしないよね?ま、そうだとしても、夢オチになっちゃうけど。

涌井と賢吉

消えたね。消えたんだろうなぁ。

和歌子

角力大会で賢秀が出会った水国和歌子も最終回に出なかったか。名前に「歌子」が入っているし、青森出身ということから、津軽三味線、津軽民謡と歌子に繋がると思ったのだが。

記憶から消した人ということなのか。正男や金吾は来たから、微妙な感じがする。

涌井・賢吉・和歌子・愛がラストにいないこと

前回の『やんばる ちむどんどん 』オープンの話と今回の老後の話が、亡くなった際に歌子が見た夢物語だとすると、解釈できる。

涌井は招くわけがない。賢吉は、歌子にとっては優子を邪魔するおじさん程度に思っている可能性があるから出てこない。和歌子は存在自体知らないし、愛は、暢子も和彦もわざわざ愛のことを歌子に言うとは思えない。つまり、これら4人は、歌子の臨終の際に思い出すべき人ではない。だからラストでも消息は解らずだったと。金吾も正男も歌子は知っているからね。