Golden Time

時はお金で買えません

【アオアシ】テーマあるいは描かれるもの〜友情努力勝利などないスポーツマンガ


このエントリー作成時点ではまだ連載中のこのマンガ。育成世代後期、高校生世代、しかもJリーグ下部のユースチームが舞台である。この舞台設定が絶妙で、単なる友情・努力・勝利ではない複雑なスポーツマンガに仕上がっている。というよりもここには、真の友と呼べる友情も倒れるまで頑張る努力も勝利至上主義もない。意図したものかは分からないが、あくまでこれらの裏を行く設定なのである。順を追って見ていく。

真の友と呼べる友人はいない

主人公青井葦人は、東京シティ・エスペリオンというJ1チームのユースチームに属する高校生である。高校生でサッカーといえば、人格形成期であるので、友情要素が出てくるのは普通考えれば当たり前である。しかしここには心の友、真の友と呼べる友情は描かれない。友情に近いものは描かれている。それは、サッカーを通じた結びつきである。しかも、プロ選手になるという各自の目的の上にある結びつきであるため、第18巻で高三の先輩がプロに昇格できないと分かった後に、即、チームを去るというだけでなく、サッカーも辞めると決断するのはそのためである。こいつと一緒にサッカーをしていたいより先に、プロになれないならばサッカーを辞めるという発想をするのである。もちろんチームメイトは引き留めようとする。しかし、彼らの言い分は、お前には才能があるから勿体無い、大学サッカーへ進学してからプロになることが可能だから今辞めるなというものであり、これもサッカーを続ける理由は個人としてプロ選手になることであり、チームでの勝利や優勝というものではない。このユースチームに属する高校生の価値観は、個人としてプロサッカー選手になるためにサッカーを続けるというもののみである。そしてこの想いは同じ高三のチームメイトの方がより強い。一年生は漠然と去って欲しくないという思いで描かれている。ただし、この先輩がチームを去るという展開の中で、三年生の感情の中にはっきりとではないが友情的なものがあるようにも描かれている。このあたりの描写は巧みである。

倒れるまで頑張る努力はない

チームとしての練習に感情要素はない。目的を持って自主練をする姿は描かれるが、そこにもやるかやらないかは、完全に各人の自由に任せられており、集まって行う自主練に参加しないからといってどうこうということもない。ここにも自分が個としてプロになるための場であるということが貫かれている。

勝利至上主義もない

もちろん試合があれば勝利に向かってプレーするが、第一には試合に出ることが重要視される。勝ちたいという言葉は無く、試合に出たいという言葉がたくさん出てくる。個人として、自分がプロになるための場であるから、チームが勝っても自分が試合に出ていなかったら意味ないし、試合に勝っても自分のプレーがまずく、次の試合に出られないようなことになればそれは嬉しくないのである。話が進むと主人公青井葦人が試合に出るようになるので、あまり描写されなくなるが、入団当初からしばらくは、主人公及びその周りの同級生の間で試合に出たいという言葉が多く口にされ、また、誰かが試合に出ることができると、嫉妬と悔しさを含んだ表情や言動が描かれていた。とにかく自分が試合で活躍してプロ選手になることが登場人物の目標であることが徹底して描かれている。

3無いスポーツマンガなのに魅力的

徹底して個人のためのサッカーを描くため、いわゆるスポーツマンガにある友情・努力・勝利の3つが無いアオアシであるが、サッカーについてのウンチクも多く散りばめられており、かつ、試合シーンの臨場感もある。このように多くの視点をしっかり描いているため、様々な好みの読者をひきつけることのできるマンガに仕上がっている。