Golden Time

時はお金で買えません

【ここは今から倫理です】第2話 自由であることは幸せなことか


学校で眠い生徒の話。これは倫理の話なのだろうかというのが、普通に見終わった後の感想。しかし、高柳先生が言った「自由であることは幸せなことか」という言葉をもとに振り返ってみると、この第2話は、自由と幸せについて、かなりステレオタイプに描かれた話だと分かる。

夜の友達昼の友達

いつも寝ている幸喜は、夜のカラオケの友達と昼によく話す友達とは違う。その意味で、要領よく生きている高校生と言える。進学せず就職を進路に考えているということから、勉強に追い立てられるというわけでもなく、言ってしまえば安きに流れる生活を送っている。

母親との関係

母親もそれについて幸喜に口出しすることもない。というより、母親は帰宅も遅く、口出しできない感じ。ただし、幸喜が、夜出歩かず、映画を見ていたら、その変化に気づいたのか、母も話しかけてきた。母のコレクションの映画なのだから好きな映画であると言うのは理解できる。だから、『雨に唄えば』について母親は積極的に話せる。これは納得できる展開。ただし、初めて幸喜は観ているのに、好きなシーンがあるから巻き戻せは、いくら思い入れがあっても許せない暴挙であるし、なぜか夜遊びなくなったら、洗濯も洗い物もした幸喜もちょっと分からない。

幸せな状態

幸喜は、次のように、生活が「健全」になった。

・夜遅く出かけず、早く寝る

・学校で常に眠い状態ではなくなる

・母親との関係改善

・部屋が片付く

自由であることは幸せか

今回の話は、高柳先生が、幸喜に対し、夜出歩かずに映画を見よと、幸喜の自由を奪ったから起きた幸せということだろう。しかし、これはちょっと無理があるのではないか。洗い物が残ったままで、洗濯物ものも放置されていることが悪、片付けられていることが善という決めつけがチラつく。幸せか否かは個々人の感じるものであり、片付いた状態が善という「常識的なこと」を前提にすべきではないと考えるから。