Golden Time

時はお金で買えませんが、時間はお金で買えちゃいます。

【夢中さ、きみに】最終話 鉄と鉄


これまで、2つの物語の登場人物が一瞬映ると言うことはあったが、林編と二階堂編のストーリーは単純に真ん中で切り替わっていた。しかし、最終回となる第5話はは、林編と二階堂編が交互に、文字通り編み込まれる漢字で切り替わっていた。切り替わり方も、前の話が走っていたら、続く話も走っていると言うように、動きに連続性があり、切り替わり時にアッとなる仕掛けになっていた。

林と松屋

結局、外から見ると付き合っているように見えるし、松屋視点では付き合いたいがそこまで成熟していないことはわかっていると言う感じ。で、主人公である林視点では、恋愛感情という点では限りなくゼロという印象。それなのに気が合うとか林は松屋に言ったりする。それで松屋は勘違いするのだが…あれ、気が合うと言われただけで好きと言われたように舞い上がるのは、松屋が悪い。文学少女特有の自己の都合の良いように相手の話を捉える悪癖が出たか。

目高の優しさ

なぜ目高はこうも二階堂に優しいのか。修学旅行で、課題と思い出となる写真撮影には参加させるが、それ以外は二階堂がホテルで過ごせるよう気を使っている。もう無償の愛という感じ。しかし何故そんなことするのだろう。これは分からないまま終わる。描かれた中では、やはり、素顔の二階堂のあまりのかっこよさというギャップに興味を持ったということなのだろう。

荒川さん

林編で『鉄と鉄』朗読会にいた荒川さんと、二階堂編で二階堂と目高を追いかけまわした荒川さんは同一人物なのだが…林編では、好きな人がいると言っていたし、好きと言うこともできると言っていたが、二階堂編では二階堂を追い返すばかりで、好きと言うことなく終わった。これ、荒川さんは2組の鈴木が好きで、しかし鈴木なんて人間はいない…ということから二階堂に聞いたと言える。二階堂=鈴木ということに気づいているかは不明。しかし、荒川さんは、「平和なんです、うちら。仲いいし」とも言っている。そうなると荒川さんが好きなのは二階堂では無い、。どちらかと言うと、目高のことか。まあ、ドラマには出てこない別な人なのかもしれないが。

ラストに向けた時間逆行

第2話で江間が外でパンを食べる林に気づいた際に、林が「シッ」と言った感じで人差し指を口に当てるシーンがあったが、これが別の話の流れで最終話にも出てくる。これはつまり、第2話の時間と同じ時間が第5話に流れていることを意味する。そしてラストでは、林と松屋がすれ違うし、林が文字集めを始めてしまう。これ、第1話に話が戻っている。第1話では二階堂たちは私服でバスから降りて行動している。つまり、修学旅行が始まっていると言うこと。しかし第2話は二階堂編は修学旅行前の話。。これ、どういう意味なのだろう。時間が逆行というより、ぐちゃぐちゃになっている印象。

『鉄と鉄』とは何だったのか

結局、ドラマの中に出てくる『鉄と鉄』という架空の小説は何だったのか。何故これが必要だったのだろうか。確かに林と松屋が出会うきっかけにはなった。しかしそれだけなら実在の小説を使っても良かったはずである。敢えて架空の小説を使い、さらにストーリーの中で引用するのはよく分からない。架空の小説ならば、ストーリー展開に応じて好きなように内容を作ることができる。それは詰まらないと思わないのだろうか。何故、架空の小説を使ったのか。分からない。