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【キャンディ・キャンディ】アンソニーの存在理由


マンガ「キャンディ・キャンディ」において、アンソニーの物語上の存在理由は何かと考えた場合、一番の理由はテリィのための引き立て役というものであるが、テリィ登場前においては、丘の上の王子様のミスリード役兼丘の上の王子様のヒントとなる役と複数の役割を担っており結構忙しい。これら「キャンディ・キャンディ」にアンソニーが登場する意味について考える。

テリーの引き立て役

テリーの話は後半はスザナとの三角関係になるが、それまでのテリィとキャンディが恋に落ち一度目の別れを経験するまでは、アンソニーがキーパーソンとなって2人の間に立ちはだかる。しかし既に落馬事故で死んでいるアンソニーには、積極的に何かをすることはできようはずもなく、結局はテリィとキャンディの愛の引き立て役にしかならない。

丘の上の王子様のミスリード役

アンソニーは、丘の上の王子様のヒントとなる役以外に、王子様自身と思わせるミスリード役も負っているからややこしい。ただしこれは、年齢的に合わないのでキャンディは直ぐに否定する。

丘の上の王子様のヒントとなる役

生前のアンソニーはまた、丘の上の王子様のヒントとなる役も負っているから忙しい。アンソニーがキャンディに自分の母親の瞳と同じ緑だということを言ったり、母親の横に少年が立っていたと語ったりするのは、丘の上の王子様は誰かという謎に対するヒントになっている。また、ポニーの丘で拾った丘の上の王子様が落としていったバッジの紋章とアンソニーと出会ったバラの門辺りで見た紋章が同じということから、キャンディは、この辺りに丘の上の王子様が住んでいるだろうと推測して、いつか会えると考える。ここでは、紋章とアンソニーという存在がともに丘の上の王子様に繋がるものとして扱われている。これに限らず、「キャンディ・キャンディ」内のアンソニーの扱いは、基本的にその後のストーリー展開における役割を担う駒としてであり、1人の人間としての描写はほとんどない。テリィと二分するもしくは上回る人気を当時誇っていたにも関わらずストーリー上の扱いはかわいそうなものである。

丘の上の王子様の代替品

ストーリー上で唯一救いなのは、キャンディが、アードレー一族の男子の中で明らかにアンソニーに特別な好意を持っていたことである。しかしこれも、なぜアンソニーなのかと考えるとかわいそうな現実がある。アンソニーもステアもアーチーもそれぞれキャンディには初対面の時から好意的である。キャンディも初対面の時はアーチーにも好意を寄せていそうな描写がある。ではなぜアンソニーなのか。まあ、顔が好みとかリアルな現実があるのかもしれないが、一応それは明示的に描写されていないので除外すると、ステアとアーチーとの違いは、アンソニーが丘の上の王子様に瓜二つだからという点は外せない。つまり、アンソニーは丘の上の王子様の代用品として認識されたからステアやアーチーより上なのである。キャンディの中で丘の上の王子様への想いは強く、面前に丘の上の王子様に似た少年が現れ、優しい言葉をかけられたから、それだけで恋に落ちたのである。キャンディはそれで良いのかもしれない。しかし、アンソニーにとってはそれは複雑な話である。なぜならアンソニーは丘の上の王子様の代替品として扱われているわけだから。物語の設定上の都合だけでなく、登場人物の本心も代用品だったのである。これ、知ったら心折れるよ、アンソニー。というか、知りつつあったようだけれど。

アンソニーの人生は幸せだったか

これは解釈が難しい。しかし独断で評価すると、アンソニーは幸せだった…相対的に。
なぜそう言えるのか。他の同世代の男子のその後を見れば分かる。
テリィ:言うまでもなくキャンディに想いを残しながらも会うことは叶わない人生となる。
アーチー:アニーに絡め取られた一生を送る。
ステア:恋人を残して戦死。しかし戦場へ望んで行っている点、本人は満足かもしれない。その代わり残された者たちは不幸のどん底に叩き落とされるのである。
こう見ると、両思いのキャンディがアードレー家の養女となって一緒にキツネ狩りに行くという幸せの絶頂で亡くなったアンソニーは幸せだと言えるのではないか。

まとめ

以上より、アンソニーは「キャンディ・キャンディ」のストーリー展開上の駒として、また丘の上の王子様の代替品としての扱いしか得られなかった。このためアンソニーについては、性格的掘り下げも個性もなく、ただ顔立ちがよく優しいというだけの人物となってしまっている。しかしその代わり、ストーリー外では、ステア、アーチーとは大きく差を開け、テリィと二分する、もしくはテリーを上回る人気を得ることができた。これは、アンソニーの個性のなさが逆に「なかよし」誌の読者層には良かった可能性はある。まだ恋に恋するところに行くか行かないかというような層がメインターゲットの雑誌だったから。