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【北斗の拳】第13巻 五車星とは何か


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北斗の拳のストーリー引き延ばしに拍車がかかる第13巻です。

第1話 天狼の涙! の巻

村で病気の人を救う日々に戻ったトキ。
それを見てバットは言う、「ほんとはもっと早くこうなりたかったんだろうなトキさん」と。
その考えは違うということは12巻で立証されているのに。

トキは拳を封じなければいけないはずの北斗神拳使って闘う気満々だったじゃないか。
「わたしの死期は近い!ならばわたしもひとりの拳士としてこの生をまっとうしたい」という発言が動かぬ証拠。そんな北斗の掟に逆らう意思を持つ男であることを、人の心を察して混乱の世を生き抜いているバットが気づかないわけがない。いや、その意味でこの発言こそバットらしいといえる。

・・・・というか、そこがトキの人を欺く高等キャラなのかもしれない。
トキよ、北斗神拳をいつまで使う気だ?
お前は伝承者争いに敗れたし、拳を封じるべきラオウに敗れたのだから、北斗神拳を自ら封じないといけないよ。
人民の病を癒すためという大義名分は、道徳的に否定しづらい面があるが、しかしそれを許すと一子相伝のモデルが絶対に崩れると思われる。
なにより、本来の伝承者が人民の病を癒す気がさらさら無いのだから北斗神拳にそのような機能を期待してはいけないのだと思う。

というわけで、トキは人民の病を癒したいのであれば普通の医学を学ぶべきだ。

第2話 天帝よりの使者! の巻

ケンシロウがリュウガを倒した後のトキの言葉もまた面白い。
「哀しみを怒りにかえて生きよ!!」「拳王の統治は恐怖によってなる! されどその後の平安はおまえの手で!」
言ってること分かっているのかなあ、トキは。
「哀しみを怒りにかえて」しまっては、平安は得られないと思うけど。そもそも恐怖の統治から平安へ導くのは至難の業であり、ケンシロウにそれができるとは思えない。
ケンシロウのこれまでの活躍をみると、単に強くて、弱者にやさしいというだけじゃないか?
他には?
民衆を平安に導くのは政治力や求心力をもったカリスマ性が必要であろうが、ケンシロウにはそれがない。全て自分でできる範囲のことしかしない性格だ。人にまかせるとかいうことができない。
現に、話は先にいってしまうが、ラオウを倒した後、平安の世に導くことをせず、ユリアとどこかに行ってしまう。
おかげでリンとバットが平安のために奮闘することになる。
これはケンシロウが悪いのではない。
ケンシロウはそういう性格なのだ。自分の周りしか見えない。世の人々のことなど思えといってもできないのだ。

ここがケンシロウと他の強敵(とも)たちとの決定的な違いだ。
シンに始まりラオウまで強敵は全て自分を頂点とした組織を持っていた。
強敵にいれてもらえないアミバでさえも。
兄弟を見てみても、ジャギ、ラオウは当然、トキにも彼を慕って村人が集っている。
しかしケンシロウの周りには基本的にリンとバットだけだ。
考えてみればだからこそ北斗神拳の伝承者になれたのだろう。
ケンシロウだけが自分自身にしか興味がない人間なのだ。権力欲などという、拳それ自体と関係ないものにエネルギーを費やさないことがケンシロウの強さだ。
強さを使ってXXをするというのではなく、強さ自体が目的の人間なのだ。
強いはずだ。しかし人として強いかは別だし、乱世をまとめるには能力が絶対的にたりない。

第3話 南斗ついに起つ!! の巻

風のヒューイ登場…といってもこの話の中でラオウに一瞬にして倒されてしまうのだが。
いくらなんでも弱すぎる。風邪でもひいていたんじゃないか?
「南斗ついに起つ!!」ってちゃんと起てよって言いたくなる。なにかやられっぷりはアミバを彷彿とさせる。
次のセリフを残して…「天を握るは北斗にあらず!!」「天を平定するはわれらが南斗六星拳最後の将!!」。
しかし、ヒューイよ、残念ながらケンシロウがラオウを倒した後、最後の将はケンシロウと二人の幸せな日々を送るためどこかにいってしまうぞ。
天の平定なんて知ったことではないと言わんばかりに。
これはヒューイだけではない。南斗最後の将のために死んでいった全ての人達にどう顔向けするんだろう。ユリアは。
ケンシロウとユリアは199X年のシド・アンド・ナンシーだな。

バットがめずらしく核心を突く発言をする。
「なんかいやな雲だ!! みんなばらばらに動いている」

これに対しフドウ(その左肩には円形に配された5つの星のマーク)は「雲は好きな所へ流れていくだけだよ!!」と返す。
確かにフドウは五車星の一員だから「雲」といえば「ジュウザ」を思い出すためそのように回答したのであるが・・・・

バットは違う。バットの発言はその直前コマでラオウが言った「あの雲は時代そのものの動きだったか!!」に対応している。
「時代そのものの動き」は見られるが、それを引き起こしている者たちの動きが「みんなばらばらに動いている」とバットは看破しているのだ。
つまり、「南斗最後の将および五車星」が活発に動き始めたが、彼らが各人の役割を踏まえた統一的活動をせず、ばらばらで動いているため本来簡単に成功するものも成功しないのではないかと直感的に気づいてそれを「いやな雲」で表現したのである。
う~ん、五車星や南斗最後の将の動きをみるとまさに「その通り」だ。
バット、おぬし成長したな。

第4話 北斗を呼ぶ光の巻

めずらしく、巻の名前に「!」がついていない。
それはともかく、シュレンが登場。

弟星(ていせい)風のヒューイをラオウに倒され、涙を流しているが・・・・。
確かに身内を失うのは悲しいできごとだ。
しかし、ヒューイは勝手にラオウの前にやってきて、勝手に「ラオウを倒そうと」戦いを挑み、そして逆に倒されたのだ。
それでラオウを恨むのは客観的には逆恨みだ。

それよりも、なぜ涙を流しているのか。
もちろんヒューイをラオウに倒されたのが理由だろうが・・・・
登場時の4コマ(うち1コマは涙はよく確認できないがタイミング的に泣いていると数える)以外は泣いていない。
泣いている必然性は無いと思われる。

「炎」のシュレンだけに、感情の炎も烈しく着火しすぐ消えるのだろうか?
よくわからないキャラだ。

ヒューイ同様、シュレンもラオウにはあっさり倒される。

第7話 躍べよ雲! の巻

フドウに対してケンシロウは遂に本音を語る。
「これ以上五車の男を使う必要はない!!」「おれはラオウを倒せばそれでいい!!」。
それを言っちゃあおしまい。やはり自分のことしか考えていない。ラオウ倒したらどうなるか考えろよ、ケンシロウ。
良く考えればシンの時もサウザーのときも独裁者を倒した後のフォローを全くしていないぞ。ケンシロウは。

この巻では更に不可解なことが続く。
雲のジュウザに対し南斗最後の将が、「わたしのためにおまえの命が欲しい」なんて言う。
いいかげんにしろよ南斗最後の将。
自分の足でケンシロウに会いに行けよ。
フドウが言うには「南斗最後の将に会った時こそあなた(=ケンシロウ)は更に不可解なことが続く。
雲のジュウザに対し南斗最後の将が、「わたしのためにおまえの命が欲しい」なんて言う。
いいかげんにしろよ南斗最後の将。
自分の足でケンシロウに会いに行けよ。
フドウが言うには「南斗最後の将に会った時こそあなた(=ケンシロウ)は最強の男となる」のであるから、自分でも会う努力をしろよ、南斗最後の将。

五車星の一人、雲のジュウザが意味深なことを言う。
「わが拳は我流 わが拳は無型!!」・・・・・う~ん微妙。

南斗のメンバーなのに、「我流」って・・・・。
我流はどうやって伝承するのだろう・・・・と思ったが、次の解釈が可能だろう。
五車星は「最後の将」を守ることが最大の使命であるから、南斗の使い手でなくとも、その役割を担えるのであれば誰でもスカウトされるのかもしれない。
そう考えればフドウが「最後の将」に会って改心したというエピソードも納得がいく。
「最後の将」は自分の護衛に使いたいため色仕掛けでフドウを自分のイエスマンにしたと考えられるのだ。

フドウの部下がジュウザに薬をもって眠らせて南斗最後の将の前につれてくる。
さすがのジュウザもフドウの部下という身内同然の者に一服盛られれば引っかかるという訳だ。
確かにそうでもしないとジュウザのような拳の実力も駆け引きも達者な者を連れてくることは難しいだろう・・・・・、

さあ、ここでよーく考えてほしい。

次のうち、どちらが簡単なことであろうか。

①ケンシロウをユリアに一刻も早く会わせるためにその邪魔をするラオウの足をとめることを目的とした要員の任務を依頼するためにジュウザに薬をもって南斗最後の将の前につれてくること
②ユリアに一刻も早く会わせるためにケンシロウに薬をもって南斗最後の将の前につれてくること

どう考えても②じゃないか。
フドウ直々にケンシロウに一服盛ればころっと引っかかるよきっと・・・・だって普通人ならともかく、ジュウザが引っかかるような薬なんだから、ケンシロウだって引っかかるに違いない。

こういう無駄な動きをしてしまうところが、五車星の弱点なんだよね。
弱点というより本当に足を引っ張っているだけ、しかも命を懸けての・・・・なのでかなり悲惨だ。

第8話 湧きたつ雲! の巻

ケンシロウは南斗最後の将が誰だか知らないのだから、「なぜこれほどの犠牲を払ってまでおれを将に会わせようとする」と疑問を持つのはもっともである。「南斗最後の将に会った時こそあなた(=ケンシロウ)は最強の男となる」と自分は知っているのだから、会う努力をしろよ、南斗最後の将。

ケンシロウの「なぜこれほどの儀性を払ってまでおれを将に会わせようとする」という至極まっとうな問いに対し、一方のフドウは答える。
「いったはずです わが将 永遠の光のために!! あなたに会えばあのお方の 哀しみに沈んだ顔が微笑に変わりましょう」
そりゃ愛したケンシロウに会えれば微笑むだろうが、そんなことのために命落としていいのか五車の男達よ?
結果論的には世を平定することなしにケンシロウと雲がくれしてしまうような将に命を差し出すなど愚かなことだよ。

この巻ではもう1つ話題が。
雲のジュウザがユリアの母違いの妹だと判明する。
ユリアの兄は天狼星のリュウガだけではなかった。
良く見てみるとジュウザとリュウガは顔が似ている気もする。
ジュウザとリュウガは音も似ているし…いやそれだけでない。ユリアとも音が似ているではないか。ああ。

第9話 妖気の邪拳! の巻

敵のバイク部隊を前にフドウは、ここは自分で抑えるのでケンシロウに先を急げと言う。
ケンシロウはその意を汲んで後をフドウに任せて走り出す…走り出す…ン?
バイク部隊を前に…走り出す、自らの足で。
おいバイクで行けよ、ケンシロウ。
一人の敵を倒せばバイクが得られるではないか。走るより絶対速いぞ…。
あ、免許ないのか…。確かに無免許運転はいけない…でも…。