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【エースをねらえ!】守破離について


日本の茶道・武道には「守破離」という言葉がある。

区分 内容
基本を忠実に守る段階
基本を臨機応変に破っていく段階

基本から解放されより自然な状態となる段階

「エースをねらえ!」においても、これはちゃんと踏襲されている。

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「守」から「破」への過渡期のひろみ

「エースをねらえ!」における「守」

言うまでもなく、宗方コーチに見出されてから、宗方コーチが直接指導できなくなるまでの間は、全て「守」である。ここで徹底的に基本を叩き込まれたことにより、その後に「破」と「離」に達することができた。故に、世界に羽ばたくレベルに至るまでは「エースをねらえ!」においては「守」になる。現に、ここまでのひろみの練習は、宗方コーチの言ったことに従うだけであり、無意識にせよ意識的にせよ自ら開眼するようなシーンはない。あくまで教えられたことを1つずつこなしていっているだけであり、これは典型的なもの「守」の段階である。

「エースをねらえ!」における「破」

オーストラリア遠征辺りから、ひろみは玄人が見ればその凄さに気付くショットを打ち始める。この時、本人はまだその凄さに気づいておらず、なぜ打ち返さないのだろうとか言っている。打ち返さないのではなく、打ち返せないのである。玄人の眼を持つ周りの人間も、それが凄いショットだということは分かるが、それがどう凄いのか、どういうものなのかをひろみに言語化して伝えることができない。このため、しばらく本人も周りもどうすれば分からないままの状態が続く。その状況でも、ひろみの能力は確実に進化していき、不思議なショットの頻度が高まる。

なお、この状態は既に「離」の状態に達していると考えることも可能であるが、この段階では未だ、宗方コーチ、桂コーチ、お蝶夫人、藤堂らのアドバイスや尽力の上に立つ成長段階であるので、「守」から「破」への移行期と捉えることにする。この段階では、まだコーチの教えに忠実に従うという姿勢であり、その中から、不思議なショットがたまに現れるということなので、これは「守」から「離」への過程と考えるのである。まだまだ話は続くしね。

「エースをねらえ!」における「離」

これが難しい。「離」は、基本となる形から離れ、自然に動作が行えるようになることであるが、基本的にひろみは、宗方コーチと桂コーチの意向に沿ったトレーニングしかしていない。ただし、1つポイントになるのが、物語の最終盤、国際試合で優勝する過程において、「離」の段階に入っていることを示すエピソードがある。

ひろみのファーストサーブがなかなか入らず、観衆が苦戦と思っていた時、ひろみ自身は、チラチラと桂コーチを見る。竜崎理事、お蝶夫人、藤堂が、なぜ桂コーチの方をチラチラと見るのだろうと気づいた時、遂に"打点を変えるモード"が発動する。これは、見る目のある者全てを驚かせる。こんなことできるのかと。そして、この打点を変えた打ち方は、ひろみの中では既に自然に行える動作になっていた。この技は、過去の"なぜ取れないのだろう"と言うようなひろみ自身が理解できていない技ではなく、ひろみの中で咀嚼しきった技である。ゆえに既に「離」の境地に達していると言えよう。また、この試合に至るトレーニング期間に技術に関する特訓が一切描かれていないことに注意が必要。試合までの期間も、藤堂、お蝶夫人がひろみを鍛えていた。しかし、この打点を変えたリターンをひろみが身につけていることに気づいていなかった。つまり、既に身につけていたもしくは開発中であったが、桂コーチ以外には見せていなかったということ。というより桂コーチとともに挑戦を始め、磨いてきた技ということ。だからそれを出すタイミングを図るために桂コーチをチラ見していたと。情報戦を戦い抜くために、藤堂、お蝶夫人といった身内中の身内をも欺くという勝負に徹した姿が、この最終段階のひろみにはあった。これこそ「離」の姿であろう。

「エースをねらえ!」における「守破離」

ひろみの「守破離」

第1話から最終話までのひろみの成長そのものが、「守破離」に従っており、これが全巻を通じて一貫しているところにスポ根マンガの王道展開を見ることができる。

サブキャラたちの「守破離」

しかし同時に、その域に達しないサブキャラはどんどん淘汰されていく。「エースをねらえ!」の凄いところは、この淘汰されていく人々が、早々に自分のすべきことを理解しひろみのために動くことである。多くのマンガでは、その時々のライバルは、淘汰されたらもはや出番がなくなるか、ごくたまにしか出てこなくなるが、このマンガは違う。お蝶夫人が典型であるが、藤堂も蘭子もそうであるし、宗方コーチもテニス選手という立場から言えばこちらに入る。

淘汰の構造

多くの登場人物が「守」を終えることができず「破」の世界を知らない。「破」の世界を見た者で、「離」の世界に達する者はさらに少なくなる。日本勢では、最終巻迄に「離」に達したのはひろみだけである。お蝶夫人や藤堂は「破」の段階で先が見えなくなっていると思われる。唯一、宗方コーチと桂コーチが「離」の境地に達していた可能性があるが、まだ若い段階で選手としての活動をやめており、物語中ではその辺りは多くは語られていない。

全ての人が良い人であること

このように、「エースをねらえ!」では「守破離」は、淘汰の意味を持つが、それとともに淘汰された者がどう生きるのかを合わせて描くことで、全ての人が良い人でありながら勝負の世界を描くことに成功している。死闘を盛り上げるには、過去の因縁や、悪者を作ることが簡単な方法であるが、「エースをねらえ!」ではそれが一切なく、あくまでコート上で死闘を繰り広げるだけなのである。
全ての人が良い人でありながら勝負の世界を描くこと…これが、「エースをねらえ!」にある死闘の中の爽やかさの源泉である。