Golden Time

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【秒速5センチメートル】桜花抄における擬似夫婦


「秒速5センチメートル」において、貴樹は最後踏切のシーンまで初恋の相手である明里の影を追っていた。ラストの描写が曖昧なので、その後も明里の亡霊に悩まされるのか、徐々に逃れられるかは観る者に任されている。しかし、これほどまでに貴樹の心から離れないのは何故なのだろうか。その理由を「第一話 桜花抄」に探してみる。

「桜花抄」のざっくりあらすじ

互いに似た境遇から共感した小学生貴樹と明里が卒業と同時に明里の親の転勤により離れ離れとなる。1年後、今度は貴樹の親の転勤が決まったため、明里の現住所近くの駅で再会する約束をするも、当日の悪天候のため、スケジュールは遅れに遅れ、結局、会えたのは深夜で、駅舎で、明里手作りの弁当を食べ、雪の中、桜の木を見、農業用小屋で一枚の毛布にくるまって夜を明かす。翌朝、プラットホームで、明里はたに、貴樹なら転校しても大丈夫と伝え、貴樹は明里に手紙を書く、電話すると言う。

ポイント

貴樹と明里は、約1年会っていなかったにも関わらず、恋人関係を飛ばして夫婦になってしまっていたこと。これが、その後の第二話、第三話の貴樹の行動のポイントとなる。

衣食住の完結

まず、貴樹は到着後、直ちに明里の手料理を食べる。貴樹はこれで明里に「食」を掴まれる。次に、明里に促されるまま桜を鑑賞し喜びを共有した後、近くの農業用の小屋に入る。これが「住」になる。そしてそこに有った毛布を共有して夜を明かす。この毛布が「衣」に当たる。貴樹と明里は、ほんの数時間の間に、衣食住全てを共有する。これは、擬似的な夫婦関係となっている。後の展開を見ると、この経験が貴樹に及ぼす影響は計り知れない。

キスのタイミング

キスにおいても、貴樹と明里は、阿吽の呼吸で互いに近づいて行く。どちらかが戸惑うことも、テンポが遅れることもなく自然に2人の唇は重なる。不可抗力で別れるまでは、彼らは未だ小学生で、1年近く会えなかったとしても、未だ中1の2人としては少し考えられないほどの近さを感じる。この近さこそが、貴樹を苦しめることになる。まあ、中1でこんなに良い思いをしたのなら、その後の人生が空振りでも良いだろうと言いたくなるほどの羨ましさである。

罪と罰

しかし、思春期初期の羨ましい体験は、その後の貴樹の長い人生を狂わせる。明里との体験以上の恋愛は得られない。得られないと言うより、初恋が強烈で有ったため、美化されてしまい、どのような恋もその強烈で理想化されてしまった初恋にかなうものではなくなってしまった。客観的には、明里との恋愛経験は貴樹の不幸の原点である。ただし、貴樹にとってはこれは不幸とは限らない。貴樹はおそらく一生をかけて、明里もしくは明里との恋愛と同様の恋愛を探すことができる。そして本人にとっては、おそらくそれは不幸ではない。仕事の上で上手くいかなくとも、明里との恋と同じものを探し続ける限り、貴樹は不幸ではない。ただし、明里が他の男と結婚したことを知ったら…どうなるかはわからない。そうならない限り、貴樹は不幸ではない。