Golden Time

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【秒速5センチメートル】コスモナウトの貴樹の感情のなさ


「第二話 コスモナウト」の貴樹は、感情の起伏のない人物のように描かれている。これはしかし、第一話、第三話でもある意味当てはまるのではあるが、第二話は特に顕著である。花苗との絡みにおいても、一見優しい言葉はかける。しかしこれは考えようによってはAIのように、その前に相手が言った言葉、相手が陥っている状況に対して最適な返答をしているだけに思えるのである。基本的に話しかけられないと話さない。言われたことに対して、口先だけのその場だけの言葉が出る。第二話における貴樹の存在意義は何なのだろうか。

第二話は、間違いなく主人公花苗の成長譚である。これが貴樹が主人公の第一話と第三話の間に挿入されている。そして、この第二話では、貴樹は主人公ではないのである。この主人公花苗の成長譚における脇役貴樹の役割について、全体から切り離し第二話に限っての意味と、全体の中の意味を考えてみる。

花苗の状況

花苗は進路に悩んでいる。これは、進路希望調査票を提出していないのが、学内で花苗だけであり、呼び出しを受けるという具体的描写があることから確定的事実である。その上で、貴樹に対し次のように言う。

全然迷いなんてないみたいに見える

これに対し貴樹は、具体性なく、機械的な感じで答える。

まさか…迷ってばかりなんだ、オレ。できることをなんとかやってるだけ。余裕ないんだ

この抽象的な回答に花苗はさらなる問いもせず納得する。

そっか。そうなんだ。

花苗はそう言うと、書けなかった「第3回進路希望調査」票を紙飛行機にして飛ばす。花苗は具体的に進路希望調査をどうするかで迷っている。そして、貴樹の回答により、進路をどうするのかの決定を後回しにすることを選択する。これが進路希望調査票を紙飛行機にすることで表現している。そして帰宅後、愛犬に向かって言う。

遠野くん分からないんだって。一緒なんだ遠野くんも。

自分が好意を寄せる相手も悩んでいると言う事実だけで、なぜか花苗は勇気を得ている。相手である貴樹が何に悩んでいるかも知らないし、聞きもしないにもかかわらず。そもそも、花苗が悩んでいる進路に関しては、貴樹は東京の大学に進学すると既に決めており、全く迷ってはいないのである。そうであるにもかかわらず、貴樹の「迷ってばかりなんだ」という一言で、花苗は一歩前に踏み出す。そしてその後、姉に進路を決めたか聞かれた際にこう答える。

ううん。やっぱりまだ分かんないけど…でもいいの 決めたの。ひとつずつできることからやるの。

これは、悩んでいることを他人の期限に合わせて無理に答えを出さなくて良いんだ、悩みたいだけ悩めば良いんだというある種の開き直りから来るものである。つまり、これが、貴樹の言った「迷ってばかりなんだ、オレ。できることをなんとかやってるだけ。余裕ないんだ」に対する花苗の理解ということになる。「決めたの」と、一見決心したかのようなセリフであるが、問題を先送りするということを決めたのであり、全く解決にはなっていない点がポイントである。そして、貴樹の回答が、この先送りを意図しているかはまた別である。貴樹の悩みが明里のことに起因しているのであれば、既に5年近く迷っていることになり、その上で先送りが解決策になるかというと、そんな訳はないというのが一般的理解であろう。

貴樹の役割

迷っている花苗に対し貴樹は答えを与えるのであるが、貴樹自身が何を意図して花苗に話したのかは分からない。自分の中では答えが出ていないことを吐露したら、偶然花苗の悩みを解消したという形である。貴樹は、花苗に答えを与える役割を担っているが、しかし、貴樹自身の悩み、迷いは解決しない。そして、これが重要なのであるが、花苗は第二話の主人公であり、第三話では、ストーリー上、意味のある形では登場しないが、貴樹は第一話から第三話通じて主要キャラクターである。結局、貴樹については、ストーリー上、何も劇的なことが起こらないまま、第二話は終わる。貴樹にとって第二話は、悩んだまま答えを得ることなく青春時代が過ぎ去っていったということを表すためにあるのだろう。

人間らしさの欠如

花苗が恋に苦しむ乙女を第二話全部を使って演じているのに対し、貴樹からは人間らしさが感じられない。友人に対し花苗のことを恋人なんかじゃないと何の感情も込めずに言い切っておきながら、花苗と一緒に帰ることを繰り返すその感覚は、ハーレムものの鈍感さとは違う、恐ろしい鈍感さを持っている。このような人間に恋してしまった花苗は不幸である。しかし、物語のトーンは、花苗の恋は確かに実らないが、貴樹との恋など実らなくてよかったという思いを抱かせるほどの印象は与えない。貴樹からは人間らしさが全く見えないにもかかわらず花苗の不幸感が出てこないところがこの作品の上手いところなのだろう。

まとめ

結局、第二話が花苗が主人公であるという構成は、貴樹が青春時代を主体性なく過ごし、浪費してしまったということを表すためにとられたものである。また、第一話と第三話を繋ぐだけでも成り立ちうるこの「秒速5センチメートル」全体のストーリーの中で、花苗の話が異物的に挟まれていることは、観る者に対しても、時間の経過を認識させる効果がある。第一話と第三話の間には、貴樹と明里の長かった青春時代が横たわっているのだということを。第三話の話が、第一話の続きであることに気づく際に、これは一定の効果があると考えられる。