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【麒麟がくる】最終話 麒麟…来たのか?


何だか分からない。麒麟って来てないと思うのだけれど…初回から最終回まで、毎回、「麒麟がくる」と書かれていたはずだが、ついに来なかった。来る来る詐欺?

律儀な光秀

関係者の多くに信長を討つよと合図を出してたの、光秀は律儀?すぎる。そのせいで、時流を読むのが上手い秀吉が毛利攻めを早々に切り上げて帰ってきてしまい、光秀は自分の首を絞めることになる。まあ、正義は自分にありと思っていたのだろうなぁ。結界、細川藤孝も家康も動いてくれなくて、当てが外れてしまうのだけれど、その意味で光秀のことを一番わかっていたのは、やはり信長なんだよね…というのが、『麒麟がくる』の解釈なのだろう。

信長自身が今の自分は光秀に作られたと言っちゃった

結局、本人もわかっている。信長は光秀に対し、ツンデレだったと。家康の接待役をクビにしたことさえ、光秀を嫌ったからではないと言ってしまう信長のツンデレぶりは、当事者である光秀には分からなくても仕方がない。

生存説も敢えて挙げとく感じ

駒が信じているという形で、生存説も一応描いている。まあ、欲張りな脚本。

麒麟が来なかったこと

結局、少なくとも戦国時代から安土桃山時代にかけては、麒麟が来るような世の中ではなかったと言うことか。家康も、光秀を見捨てた形になったわけで、こう言う人間のところに麒麟が来るのは、少なくとも光秀が主人公の『麒麟がくる』ではあり得ないというのは理解できるし。結局、日本の歴史において、麒麟が来たことはあるのだろうかと考えさせておしまいということね。しかし、問題なのは、劇中に麒麟が来なかったことではなく、来週から『麒麟がくる』が来ないこと。

濃姫のいない本能寺の変

『麒麟がくる』での帰蝶は、そもそも信長に毒を盛れと光秀に言っているくらいだから、本能寺にいて巻き込まれることはない。そもそも戦の準備に本能寺に宿泊しているのだから、まあ、それも納得。だから、「人生、五十年〜」と敦盛を舞うこともない。

鯛を釣っていれば殺されることもないと言っていた義昭

いやあ、義昭は危機一髪だった。義昭殺害を秀吉に命じていたら、即殺されていた。光秀が拒否したから良かっただけ。生きている限り邪魔になると言う発想をされるとどうしようもないから。信長の発想は、怖いが、まあ、自分が天下を取るためというならば、正しい。しかし、結局、調整力のある光秀のお陰で色々収まっていたものなので、光秀が離れたら、例え本能寺がなくとも、求心力は、低下していた可能性がある。信長と光秀を足して2で割るとちょうどよいのかもしれないが、そうなると凡庸な武将になるのかもしれない。あくまで別個の2人がいてこそなのかもしれない。それでこそ、信長だと。いずれにせよ、危機はあったが、義昭は、鯛を釣るというスタンスを保ったから豊臣の世でも生きながらえたと言える。

菊丸

結局、家康に忠実なスパイだったと言うことか。ただし、『麒麟がくる』では生存しているかもと曖昧にしているため、ifの世界があったとすれば、いつでも大事な場面に現れる菊丸が現れ、光秀を救ったと考えることもできる。

大きな国

信長も光秀も、この「大きな国」のための礎になったと言うことなのだろう。信長には大きすぎたと言うか、あの時代、信長にできることはあそこまでと言うことか。

信長の天下統一手法

信長のやり方は、自分より弱い相手にしか通用しない。というか、『麒麟がくる』で信長がやっていたのは、外部の敵に対していかに自分が殺されないかであって、麒麟が訪れるような治世ではない。だからこそ、内部の敵に殺された。内部に同じように疑心暗鬼になっていたら、下克上の世ではすぐに破綻するから、本心はともかく、『麒麟がくる』の信長は内部には絶対の信頼を置くように振る舞っていた。度々の光秀の命令無視の見逃しもそういう流れだろう。戦国時代においては、死なないことが天下取りにつながるのだから。その点、家康は抜かりなかったし、結果論だが柴田勝家は判断を誤った。そうではあるが、信長は、光秀に対し好きすぎて自分と同化してしまい、間合いが分からなくなった感じ。俺のやることは理解してくれるだろうが度を越したと。逆に光秀も、信長をあまりに近く感じているため、今の信長となったのは自分がそうしたからと言う思いが強い。だから、終わらせなければと言う発想になったと。これは帰蝶にも後押しされた考え。これを決意した段階で、光秀は、自分の死も積極的では無くとも流れでそうなったら仕方がないと、受け入れていたのではないだろうか。ネットではよく出てくる共依存というヤツを光秀は自覚していたと。そして信長も。