Golden Time

時はお金で買えませんが、時間はお金で買えちゃいます。

【ちむどんどん 】第123回 最終週の水曜日はやはりトラブル発生!


最終週も水曜日に最大のトラブル発生かぁ。1週1ミッションは、最後まで変わらないのね。安定の展開で終わるのね。ただ、このトラブルは水曜日のこの回で解決した。いよいよクライマックスか…あれ?何がクライマックスになるのかな。沖縄で開店すること?さんざん東京の開店描いているから、これだけではクライマックス感ないな。何が起きるのだろう。

大里さんは歌子が見送り、大城は優子が見送り、暢子は家の台所で何かやってる。

…大城が乗ったバスが出てから、暢子が走る。これ、暢子が小学生の時に東京に行くと言っていた時と対になる演出だよね。あの時が何かモヤモヤしていたから、なんとも言えない感じに受け取ってしまうのだけれど。

東京へ向かうことの対比構造

小学生の暢子は、東京の大城の所に行こうとしていたのだよなぁ。今回は東京に大城が帰る。ただ、前回大城は沖縄の海に対し「ただいま」と言っており、大城も東京に行く気持ちになっているのかもしれない。また、追いかけるのが暢子の時は、他の兄弟だったが、今回は暢子。共に血縁がある者。そして違いは、暢子は引き止められたが、大城はそのまま東京に向かう。この辺りドラマ的である。でも何か釈然としないのだよね。

沖縄そばの麺にカラキの葉っぱを練り込む?

う…麺に香りのある植物を練り込むなんて、結構ベタなことやってきたな。

安易な感じがするのは、うがった見方のしすぎかな?しかし、東京では現地の味を目指し、本場では味変を目指すとか、これはビジネス的嗅覚が優れているということなのか?

懐かしいカラキの葉っぱ

善一が、

懐かしいなぁ。子供の頃、このカラキの葉っぱをかじって、甘い蜜を吸っていたわけ。

と言うが、他の男たちは、軽く笑うだけ。どういうこと?「そうそう」「吸った吸った」という声があっても良さそうなのだが。他の男たちは沖縄外の出身者ということはないだろうが…。善一がチャレンジャー的な子だったのかな?

運天製麺

運を天に任せる…。これこそ『ちむどんどん 』のこれまでの在り方を象徴するような言葉を持った製麺所が、最後に登場か。

…で、運天製麺の電気にトラブルが起きて麺が納品できないと。

『やんばる ちむどんどん 』開店直前まで漕ぎ着ける

店の柱は、ちゃんとしているな。流石にポイントとなる柱は、善一による端材集めではなく、購入したのかな?

店名なのだけれど、『ちむどんどん 』は沖縄の言葉である。そこに「やんばる」をわざわざ付けるのは何で?と地元の人は、ならないのかな。これ、あえてのネーミングだと思うけれど、感覚的には、どこかに本店があって支店、分店なのかな、那覇に本店があるのかな…とか思われないのかな…そこまでは邪推しないか?

金吾!ハワイで大成功!

ん?良子に手紙が来たことが不思議。結婚騒動があってから何年も経っているが、良子と金吾はどんな関係だったのか?何か制作が酷い扱いをした金吾を気にして、罪滅ぼしに、良子とは縁がなかったけれど幸せになりましたよ…としようとしたということかな。ハワイとか良子に手紙とか、なんとも空回りしそうな設定になりそう。

それにしても、手紙は形として残るから、博夫も見た可能性があるわけで、書かれた内容が気になる。

麺100食手作りで力を合わせて完成!

製麺所のトラブルもあったが、ちょうど100食というのも何かね。96食とか118食とかになっても良さそうだが、まあ、ドラマだから良いか。

麺が手に入らないと分かった際の暢子の言葉

大丈夫。明日、開店する!

うちが、麺を作る。

お母ちゃん、子供達のことお願いしていい?

おばぁたちにも声かけてもらえる?

は?どういうこと?これ、「うちが、麺を作る」じゃないじゃん。良子も歌子も夫達も協力することになってるし。は?

もうね、自分の金儲けのために必要なことを、強引な動員でから通うとするの。しかも「うちが、麺を作る」だからね。麺ができたの、ほぼ暢子以外の労力じゃん。

おばぁたちの扱いの酷さ

しかし、トラブル対応におばぁ達にも声をかけてとナチュラルに暢子は優子に頼むし、そのおばぁ達が暢子のために働いているのに対し、

無理しないで適当なところで切り上げてくださいね。あとはうちたちでやりますから。

と言っている。何かおかしく無いか?暢子の金儲けに協力してるのに、この言いぐさなのかと思う。なんというか、暢子はおばぁ達を簡単に使える労働力と考えてそうな言い方をしているのが気になる。

この麺作りエピソードは、東洋新聞の愛の記事作りの時のエピソードを思い出す。この時も、素人が手伝って成し遂げるみたいなものになっていた。しかし、そういうところにプロの仕事というのは無い世界なのかな。

基本的に開店直前のトラブルは単発なのが『ちむどんどん 』の特徴

新規開店時は、沖縄そばの味が決まらないことが直前の課題だった。営業再会時は、沖縄そばに合う豚の入手が直前の課題だった。そして、やんばるでの開店時も、やはり沖縄そば絡みで、麺の調達が課題になった。敢えてなのだろうが、何でメインで売ろうとしている沖縄そばばかり直前になってバタつくのか。そもそも、単発のトラブルしか起きないのは、逆にラッキーなのだろうなと。一つ片付けば、後は何も起きていないのは、本当にツイていると思う。

沖縄そば100食分の客

目処は立っているのだよね?どう言う人たちなのだろう。開店時だから知り合いメインかな。

『やんばる ちむどんどん 』の客層

どう言う人たちがターゲットとなる客なのだろう。あんな田舎で…と思うが、バブルが来るタイミングみたいだし、そこが良いのかな?

暢子は、知らない客で店を満席にすることを、この『やんばる ちむどんどん 』でもやろうとしているのかな?

『やんばる ちむどんどん 』新規開店資金と運転資金

鶴見北西信用金庫の坂田みたいな人が登場していないが、これはどういうこと?全て自分たちで自給自足やったと言うこと?ん?そんなことできるのか?もしくは東京の『ちむどんどん 』でそんなに儲けていたのか?やはり資金の調達が分からない。

やんばるの人の善意に頼っていたとしたら…どうなるのだろう?『やんばる ちむどんどん 』自体は利益を目的とした暢子のビジネスだよね?おばぁ達の協力に対し、どう報いるのだろうか。開店時の飲食代を取らないとかそういうことで済ますのかな。暢子は、それらの助けを得て、お金儲けをしていくのであるから、善一やおばぁの貢献を、善意から出る行動、お互い様みたいに捉えてはダメだと思う。『やんばる ちむどんどん 』開店準備において、お金の話は運天製麺との話でしか出てきていないことが、何か座りが悪い理由はこれ。人の善意をもらって自分は金儲けすることを暢子はナチュラルにできてしまっているのやはり違和感。

東京でも、初めは信金の坂田が出てきていたが、途中から芸人度が強調されるだけになり、次第にフェードアウトしたが、飲食店は、繁盛しているから潰れないのではなくて、お金の出と入りが健全だから潰れないことに目を瞑りすぎだと思う。『ちむどんどん 』世界では、店が満席になれば、美味しければで止まってしまっている。

暢子を助ける人たち

『やんばる ちむどんどん 』では、姉妹、その夫達、母、おばぁ達、善一とその仲間たちと、近くに住む多くの人間が、暢子の店の開店を手伝っている。

しかし、東京の『ちむどんどん 』ではどうだ。智、賢秀、歌子、清恵くらいしか手伝っていない。重子と二ツ橋がアドバイスしてると言えばしているが…近所の人は手伝っている気配がない。それどころか近所付き合いさえ無さそう。この違いを描くために、暢子は2回店を開いているのかもしれない。

東京の『ちむどんどん 』と『やんばる ちむどんどん 』は、色々な意味で対比的なようだが、その意味の理解は難しそう。

『やんばる ちむどんどん 』は、みんなで開店まで頑張った

…ということを言いたいのかなぁ。しかし、あくまで暢子が収益を得るための仕掛けでしかないのだよなぁ。これまで『ちむどんどん 』では、飲食店経営をビジネス以外で描いていないから。『やんばる ちむどんどん 』をどうしたいのだろう。

『やんばる ちむどんどん 』にお金を払う客は誰?

やんばるのおばぁや善一?評判を聞きつけて(何の評判か知らないが)那覇から来る客?物好きでガイド誌に騙された県外から来る観光客?米軍関係者?読めない。最終回までに明かされるよね?東京『ちむどんどん 』みたいに、何だか分からないけど、繁盛店になりましたってことをまたやるのはないよね?