Golden Time

時はお金で買えませんが、時間はお金で買えちゃいます。

【カムカムエヴリバディ】第11週 1962-1963


まだまだ続く1963年。長い夏、長い夏祭り。この1年の重要さは、るいが大阪で安子と暮らした日々より濃いのかもしれない。

1963年はルイ・アームストロングが来日している年であるし、翌1964年にも来日している。ジョーが上京することになり、るいが付いて行くならば、ワンチャン、2人がルイ・アームストロングに会う可能性があることになる。彼は、るいにとっては名前の由来、ジョーにとっては人生を変えた音楽との出会いのきっかけとなった人である。つまり2人にとって自らのアイデンティティに関わる人物なので、会うことができれば、その後の人生にも大きな影響を与えることになろう。更に、通訳として、ロバートか安子が来ていれば、それだけでるい編最終回になっても良いくらいな気がするが、最終回はまだ早いからそれはないか。関西一トランペッターコンテストで得た銀座一流クラブでのステージ演奏の際に、ルイ・アームストロングがたまたま客として居合わせたとか、そういう流れなら、無理ない設定だと思うけれど、どうなるのだろう。

episode 048 (1月10日)

僕にとっても大切な曲

耳に蘇るイントロの高らかなトランペット、シンガーでもないおじさんが…

来たぞ、ジョーはあの進駐軍クラブへ不法入国した少年だとの告白が!これをきっかけに記憶が甦りまくるるい。今度は喫茶店の話をジョーにする。いやいや、二人の繋がりがしっかりできちゃったな。これは良い最終回。ここから始まる物語は全て続編。

しかし、ジョーの話を聞いていると、そうそう、ロバートが安子をパーティ会場となった食堂に案内したんだよね、そこで定一が…と余計なことを思い出してしまい良くないな。

悲しい思い出も語る。

i love you.

thank you. i'm glad.

このやりとり、るいは英語が分かるので、普通の日本人以上にキツい。安子がるいに英語を教えたことが、こんなふうに効いてくるのかという感じ。こんなの思い出したらホントきつい。

そうか、会いたいんやなあ お母さんに

とか言うジョー。こういうセリフをサラッと出してるいを惑わすのホントやめてあげて…いや、もっとやってあげて。

堀江謙一氏の小型ヨット太平洋単独無寄港横断

こんな映像を入れてくるのNHKならでは。やはりアメリカに行くのか…って誰が?トミーか?いや、何という前振りなんだこれは。

風鈴のプレゼント

これもなあ。てっきり花火を買うのかと思ったわ。花火はその場で消費して終わるが、風鈴は残るからねぇ。部屋に吊るして風に揺られて鳴るたびにジョーを思い出すじゃない。あかんなジョーは。女を落とす天才技をまた1つ見せてもらったわ。

episode 049 (1月11日)

るいがボールを投げるシーン出てきた!

洗濯の配達途中で、野球少年たちのボールが飛んでくる。それを投げ返するい。これはどういう意図で入れられたシーンなのだろうか。わざわざ子供たちを用意して入れたシーンなのだから意味があると思うのだが、それでも無いのかもしれない。

雑誌『ジャズ・ジャーナル』

ジャズという音楽に興味がありながら、活字にもはまり込むというのは読書好きのるいらしい。ジョーの痒いところに手が届くサポートがるいの世界を広げていく。ジョーは、兄というより父親的な役割を担っている感じ。ジョーとるいの関係は恋人関係というより手を差し伸べる父という感じ。そんな恋愛関係もあるだろうが、るいはどうなのだろう。稔と安子の関係もこんな感じでスタートしており、結婚まで行くことも考えられなくもない。

ジャズミュージシャンではなくジャズ自体に興味を持つるい

ベリー始め他の若い娘が、ジャズミュージシャンに惹かれる中、ジャズそのものに興味を持つのがるい。だから『ジャズ・ジャーナル』を借りたら、それに夢中になり、ジョーともジャズの話ができる。ジョーにとっては、自分の全てであるジャズの話ができる異性というのはこれまでいなかったはずで、だから惹かれたのだろう。トミーがるいに興味を持ったのも同じ理由と思われる。

大きなお腹→乳母車

お腹の大きい半袖の母と娘が歩いているシーン。連続するシーンでは店番するるいが『ジャズ・ジャーナル』を読んでいる。その背景に8月のカレンダー。次の場面でお腹のすっきりした母が長袖シャツで乳母車を押し、娘が乳母車の中の子をあやすシーンになる。商店街の店先に小さな鯉のぼり。翌年の5月ということか。それだけ時間が経過したということ。こうやって時間経過を表すの好き。そして、その5月のシーンで、ジョーは、「こないだの『ジャズ・ジャーナル』どうやった?」とるいに聞く。その意味は、バックナンバーを何冊か貸した後、最新刊を都度貸してたということ。だから、「どうやった?」に対する答えが、「あっあの記事読みました」と特定の記事の話になっているのだろう。これが何冊も貸した8月の続きであれば、「あっあの記事」では特定できない。1冊だけ貸している段階だからこその共有と考えられる。細かい。

色々考えているベリー

ジョーにツレなくされ、「もう!」と言ってプンスカなベリーちゃん。可愛い。るいも悪い娘ではないと明言した。雪解けは近いかな。

本人には生き方にプライドがある感出ていて、見ていて好感持てる。友達にしたいタイプではないけれど。色々考えているが、考えてはいるが、こだわり過ぎて結果が出ないという感じのベリー。

命短し恋せよ乙女

そのまんまの回。回想に片桐さんが出てきたが、これは、恋する文脈ではなく、恋をすると額の傷を見せなければならないことになることを危惧する文脈での登場かな。もはや心は片桐さんではなくジョーに移っているのは明らか。ここで片桐さんが入り込む余地はあるのだろうか。

聴く側ではなく演じる側へ?

一瞬、トランペットを演奏するチャレンジをしようとするが…結果的にジョーの好意から逃げてしまった形のるい。残念だ。そういう機会に安子は逃げなかった。この差は、まあ幼少期の愛情の受け方にあるということだろうな。音楽の道に入るというのもアメリカにつながるから良かったのに。

ジャズマンではなくサラリーマンみたいなトミー

ん?親の会社か関係先の会社で修行始めたか?トミーは何も言わずにそのシーンが終わるからその先が気になる。トミーがトランペットを置いたのかまだ現役なのか。

episode 050 (1月12日)

恋の行方はどうなるか大注目であり、節目の第50話。るいはジャズ喫茶の配達を回避しようとするのか。これ以上ジョーに惹かれるのを避けるためで、自覚はあって敢えて避けるとは、るいはかなりのこじらせちゃんだな…しかし、川沿いの野球グランド周辺ではいい感じでジョーと会話して、それを陰で見るベリーに悲しい思いさせてるの、るい本人に自覚ないだけにナチュラルに殺し屋だと思う。何というかテレビドラマだなぁ。ベリーが浮かばれないよ。

トミーは勤め人になってはいなかった!

良かったぁ!東京の事務所が企画する関西一のトランペッターを選ぶコンテストも何故か『ナイト・アンド・デイ』で開催するし、トミーにとってまたとないチャンスじゃないか!と言いたいが、これ、選ばれるのはジョーなのだろうな。副賞に銀座の一流クラブ出演、レコードデビューまであるのは本当にビッグチャンスだ。しかしそれでもジョーなんやな、選ばれるのは。出場すればの話だけれど。

しかし、石原裕次郎の時代の話だから、時代的に当時の映画の主役ということであれば、戦争孤児のジョーではなくて富裕層育ちのトミーの方が、お金もあって何でもできる万能の主役のはずなんだけどねぇ。

門前の小僧あがりという形容

その形容うますぎるなトミー。さすが大学出だ。学がある。オダサクも読んでいるみたいだし。一方のベリーも短大の国文なのでオダサクは把握済み…さすが、と言いたいが、ジョーはともかく、るいは読書家だからなぁ。意外に学問的知識ではなく単なる読書量だけならるいの方が上かもしれない。『ジャズ・ジャーナル』まで読んでいるからなるいは。

ジョーの考えてることくらい分かる

このベリーの何気ない言葉に対して、

やめてくれ。人のことが分かるなんて簡単に言うな

という言葉がジョーから返ってくるなんてベリーには想定できなかっただろう。ベリーは単にジョーのために何かしたかっただけで、深い意味を持たせて言ったわけではないだろう。つまり、トミーとのやり取りは、ジョーにとってこれまでなら軽く流したであろう表面的なベリーの言葉に反応してしまうくらい重かったということ。

野球のお姉ちゃん

野球少年たちにそんな呼ばれ方されてるるい。小学生くらいの子供相手にも本気の投球をし、打ち取れば本気で喜ぶ。さすが勇の姪。野球の「塁」が由来だと勘違いされただけのことはある。

アベック!

これはまた新鮮な名詞が出てきたな。

少年:なあなあ、おにいちゃんとおねえちゃんアベックなん?

少女:えっ?アベックなん!?

子供たち:え〜!アベック!アベック!アベック!アベック!

この流れで、るいは子供たちに、

こら〜!もう!

とか言うが、ニコニコしていて満更でもなさそうなのが滲み出ていて微笑ましい。しかし、そんなの見せられたベリーはたまらないな。ジョーに「人のことが分かるなんて簡単に言うな」と言われた直後にこれだから、子供たちの「アベック!アベック!」連呼が頭から離れなくなるほどのトラウマな経験になったはず。

大学進学組の対話

トミーとベリーで2人まとめて負けフラグ立つから、深酒はその程度にしておかないとダメだよと思ってしまう。そして…トミーがいらんこと思いつく。策を弄するとはイメージと違うな。しかし前半で激しくジョーに対して文句言っていたから、トミーも精神的に追い込まれているのだろう。仕方ないか。ベリーもその策に乗りそうなのも嫌な予感がするが、仕方ないか。仕方ないの連鎖で2人とも傷を拡げるのだろう。いい人キャラなのに悪役ぶれば、避けられない結末。ジョーとるいも無傷では済まないだろうが、最後はこれまで以上に"アベック"に近づくのだろうな。

どうしたらよいかわからない感情

この感情が今回のるいの行動に出ていると思う。配達には行きたくないが、偶然出会えば寄っていく。自分の感情なのに制御できない。これ、ジョーも同じなのではないかなぁ。飄々としているようで、守るべき一線は絶対越えないみたいな。絶対越えないのだけれど、本心は越えたいと思っていて、ただどうすれば良いかわからないという感じ。そう思い始めた。

episode 051 (1月13日)

思惑だらけのダブルデート

謎すぎる4人組。

ベリーはジョーを狙っているからトミーに協力しているが、トミーはるいと仲良くなりたいわけではなく、ジョーにライバルとして立っていてほしいから策を練った。つまりトミーとベリー間のジョーを巡る取り合いがこのデートの本質。

竹村夫妻の小芝居

トミーがるいを誘いに来たシーンを当人たちに演じさせないで、竹村夫妻にやらせるの良いな。面白すぎる。しかし、こんな笑いの絶えない家の暮らしを置いて上京するかしないかという話が間もなく出てくるのかぁ。

ちゃんと謝るジョー

前回第50話で、感情的になり、ベリーのちょっとした言葉に強く反応してしまったことを謝るジョー。それに対しさらに謝るベリー。2人とも良い人だ。良い人なのだろうけれど、ジョーのその良い人ぶりがベリーを苦しめてもきた。そしてベリーはそのことにようやく気づいたみたい。ベリーが前を向いた!

ベリーが前を向いた!って文字にすると、「クララが立った」みたいなイメージがあるな。お金持ちで、意固地で、気高く、美貌で。そういう人が、これまでのことから解放されて前を見た…みたいな点で共通感ある。

堀江謙一さんとすぐ名前が出てくる記憶力の良いるい

るいはすぐに名前が出てくる。やはり稔の娘、頭が良い。少なくとも記憶力は良い。安子も学校へは行っていないが頭は良さそうだし。しかしるいは頭が良くても、興味あることにそれを利用することはなく、ただ読書で満たされるという感じ。この点が、何事にもチャレンジして探究していく感じの安子とは違う。

遂にアメリカの話が2人の間で出てきた!

ちゃんと、アメリカでトランペットを吹きたいとジョーが明言した。なお、このダブルデートは1963年夏。ルイ・アームストロングは、1964年に来日しており、ここでジョーとるいがサッチモと出会うことになるというちょっと現実離れした展開が待っているのかな。さらにその先の展開として、通訳に安子がいるとかいう超展開があったら…。安子ではなくロバートが通訳というオチが最もインパクトありそう。

どうやって海から帰ったきたのかな?

るいとジョーも、トミーも。

結局、ダブルデート作戦で勝ったのはトミー

ライバルジョーをコンテストに挑む気にさせたという点で、今回の謎ダブルデートの勝者はトミー。しかし、これ、コンテストでトミーが負けるフラグでもあるんだよなぁ。

共鳴すると同じ夢を見る

トミーのこの考え良い。トミーがアメリカでトランペットを吹きたいという夢に、ジョーもついてきた。トミーとジョーは同じ夢を見始めたということ。これはトミーの勝利。そして、アメリカに行くという点に関しては、るいも夢を見始めたもよう。ジョーとるいも同じ夢を見ているということかな?しかしるいがアメリカに渡りたいというのはどういう感情になるのだろう。

上京プロポーズ来た!

本人としてはプロポーズではないかもしれないが、誰が見てもこれはプロポーズ。しかも、戦争等の悲惨な未来を語っているのではないので、悪いフラグではないだろう。

るいのすごろく

岡山→大阪→岡山→大阪と来て、次は東京か。その次はアメリカになるのかならないのか。かなりドラマティックな人生だ。ただ、竹村クリーニングの方はどうするのだろう。竹村夫妻もるいも三人家族として暮らしていたはずだがら。娘を送り出す感じかな。

サクッと車を運転するベリー

これだけで、かなり良いところの娘ということが分かる。

ベリーは、短大に通い国文学に通じ、車の運転も身につけている。しかし、これは知識・教養の域の話。安子がおはぎに対して『たちばな』再興や英語教材作成に挑んだものとは知的活動のレベルが違う。やはり安子の学びへの欲求レベルは高かった。

ドライブの最中も海を見る時も帽子をしっかり被るるい

風に煽られて額の傷を見られないようにするため。一人で海を見ているときは帽子は手に持っているが、ジョーが来たら髪を気にした後にしっかり帽子を被る。るいの人生で何度も繰り返されたであろうこと。

ことあるごとに母親の話を持ち出すジョー

これ、ジョーは孤児でもう親には会えないが、るいの母親は生きているのだから、会うべきだと考えているのではないか。ジョーは、アメリカに行きたいと言っているが、これはるいのために行っているのではないだろうか。行こうと思っても通常はビザがおりないが、ミュージシャンの妻としてなら行けるのではと思ったのではないか。

見せない演技

トミーがるいを誘いに来た際のやりとりは、竹村夫妻が近所の人に説明するという形で表現されており、実際のやりとりは描いていない。また、トミーがベリーを車に乗せて走り去るシーンは、声のやりとりのみで映像では表現されていない。そこに特に意味はないとは思うが、実験的表現ではある。

episode 052 (1月14日)

優勝したら東京で暮らす、一緒に生きていきたい

…だけで済まさずに、サッチモちゃんのことが好きとちゃんと言葉にしたジョー。淡々と言うだけで感情に任せたところは1つもない。ないにも関わらず、るいの心にはしっかりと響いたはず。

返事ができないままコンテストが近づく

告白されて返事ができないまま日数が経過するの安子の時にも、勇のプロポーズシーンで見たが…状況が違うようにも見えるが、似ているようにも見える。安子の時は、安子に勇への気持ちが全く感じられなかったから、やはり違うか。

服は洋服だが下駄履いてる

茶の間から客に呼ばれて店先に出るときは、下駄の方が直ぐに履けるからだろうね。で、そのままベリーに言われ外に出てきたるいの姿が良い。洋服に下駄、美しい。

察する能力の高いベリー

ジョーの調子が悪いことを見抜くし、その原因がサッチモであることも見抜く。サッチモがなぜプロポーズを受けないかも察する。ベリーは察し方が高度。傷を見てしまったことをちゃんと謝るし。さすが国文科だ。

額の傷に対するジョーの対応

これが正解。このシーン、るいもジョーも何も言わずに行為で全て語っているのが良い。るいは額の傷を見せることで「私も好きだけれど…」と語っており、ジョーはるいを抱きしめることで「好きならそれで問題ないじゃない」と語っている。ダブルデートの時は言葉に言葉を継いだジョーだったが、ここでは思いを言葉にしない。こう言うところがジョーの良さ。

この直前の衣装選びに見せかけたやりとりも含めて、ジョーは珍しく積極的に熱くアプローチしている。ジョーもここで逃したら後はないと分かっているということか。あと、そもそも、るいが衣装店『ダグラス』に来たこと自体から"押せば行ける"と確信したはず。

昔のアメリカ映画ラストシーンのようなキスシーン

『ダグラス』の店主が見ているからカーテンを引いて後はご想像にお任せしますと言う演出か…。ハリウッドでは大昔、キス3秒ルールみたいなのあってヒッチコック監督は3秒のキスを何度も繰り返すとか色々やったそうだが、NHKの朝ドラではココが限界か。

衣装を選ぶフリをして色々ジョーへの思いを語るるい

このやりとりでは、ジョーの追及を、るいはこれまで見たことのない軽口で返している。それだけジョーに心を許しているということ。

しかし肝心のジョーのプロポーズを受けられない本当の理由だけは口に出して言えない。最後に意を決して髪を上げるの勇気が必要だっただろうが、自分の本当の思いを伝えた。ちゃんと返事はしろと言ったベリーへの義理も果たしたことになる。これはまた、ベリーも救うことになる行為である。

来年(1964年)は、ルイ・アームストロングが来る

まあ、1963年にも来ているけれど。ジョーが海を越えて行かなくとも、向こうがやってくるよ!だからとにかくコンテストに優勝しなければならない。で、ルイ・アームストロングに会ったなら、そこの通訳が誰かが問題だな。安子かロバートさんか、意外にその他人物か。あ、通訳は日本側が用意するのか…では安子、ロバートはないか、残念。

i hate you から i love you へ

額の傷を安子に見せて血縁のある母に絶縁の意思を示し、同じく額の傷をジョーに見せて他人のジョーに対し好意あることを示す。額の傷が踏み絵のようになっているのは気になるが、ジョーが受け止める意思を示したのでるいは救われた。i love you はロバートが安子に言った言葉で、るいにとってはこの言葉も嫌な思い出なのが悲劇。るいは直接 i love you とは言っていないが、嫌な思い出を上書きできただろうか。この辺りの描写はちょっと解釈が難しい。